第1章8 ルイの決意
セレナは勢いよく風に乗りながらルイへと迫ってくる。しかし、バロンも負けてはいない。ルイの前でバロンは剣を構えながら振り返り、
「ルイさん、お下がり願うっ!」
ルイは何歩か後退する。そして、目に見える程のオーラを体から発しながらバロンはどしっと構える。次の瞬間、『カキンッ!』という音ともにセレナとバロンの戦いの火蓋がきられた。目にも止まらぬ速さで剣が交じりあっていく。ほぼ両者ともに互角といったところだろう。ひたすらに攻めるセレナとひたすら守るバロン。一進一退の凄まじい戦いだ。ルイはその様子を見ていることしか出来ない。言葉を失っていた。ルイが住んでいた世界ではこんなものは神の領域なのだから。だから、ルイはここまで異世界は凄いのだと痛感していた。そんなことを考えている間にも二人の戦いは進んでいる。
しかし、
『バロンさん、私はこんなの嫌です!』
セレナは一時後ろへと後退してバロンに向かって言った。その言葉に納得するようにバロンは、
「セレナ様は昔から戦いが嫌いですものな、そして......」
そう少し下を見ながらバロンは呟いた。その"そして"の後は言うことはなかった。でも、すぐにセレナの方を向きかえり、
「じゃあ、やめましょうよ! セレナ様!」
『ダメよ』
セレナはそのバロンの誘いを即答で答えた。下を向き、顔は見えないが間違いなくセレナにとってルイは敵なのだ。何故かはルイにも誰にも分からない。
『だから、私にはこの男のオーラの怖さがわかるの! 何故かは分からないけど私たちアレクサンダー家の生まれつきの特性を知っているのでしょ? バロンさんには分からないかもしれない! でも、この男は危険なの! そう感じるの! だから、だから、私が......』
セレナはそう言ってルイへと近づいてくる。ルイの鼓動はセレナが近づく度に速くなっていく。汗も出てきて、頬を滴れる。ルイのその目の前には剣を持ちながら歩いてくる同い年くらいの美少女がいる。命の危機を感じているルイの足が少し小刻みに震えている。そして、セレナがルイの目の前に来る寸前に、
『なっ! ここの風はっ!』
セレナとルイの間に突然、風が発生した。バロンは察したのかルイの後ろへと発生する前に後退した。だが、この風はただの風ではないのは目に見えていた。それは渦を巻きながら刃のように鋭いものだ。その目の前の光景に目を見開きながらセレナは壇上の方へと振り返り、
『アミルダッ! 何で邪魔をするの! 貴方なら私と同じでこの男のオーラを感じれるのにっ!』
セレナはその壇上にいる赤髪の少女に向かって言う。その少女は壇上にいるフレア王女やセレナ第二王女と瓜二つだ。そう、妹なのだ。
"アミルダ・アレクサンダー"はアレクサンダー王国第三王女なのだ。フレア、セレナ、アミルダという三姉妹がこの国を代表する王族なのだろう。そのアミルダはセレナが十八歳くらいでルイと同い年に見えるので中学生くらいだろう。そして、ツインテールがとても印象的だ。サラサラな髪の毛が揺れているのはどこか美しさを感じさせる。そのアミルダはルイとセレナの方向へと右手の手のひらを向けていた。
『アミルダの"風属性"の魔法か......』
セレナは静かに呟く。その二人の前に発生したトルネードは依然として威力は弱まっていない。アミルダが使った"風属性"の魔法はセレナを止めることに成功した。
しかし、止めれてもセレナの気持ちは変わらない。『アミルダッ! やめてっ!』とセレナはまたアミルダに向かって言い放つ。
それにアミルダは、
「お姉様、それは出来ないですの」
アミルダはその口をゆっくり開き、そう言い放った。そして、続けるように、
「私もそれは薄々感じることはできますの、でも、その彼からは敵意を感じませんの、私は彼が敵ではないと思いますの、ですから、お姉様! おやめになるのはお姉様の方でいらっしゃるかと」
アミルダはそう言って風の魔法を解除した。セレナはその妹の様子を見て、またルイの方へと振り返り歩きだそうとする。
「お姉様......」
アミルダは俯きながら誰にも聞こえない程度の声で呟く。
そして、今までその様子をずっと見守ってきた女が セレナに向かって、
「私もアミルダと同じ意見だぞっ! セレナ!」
その声に驚き、セレナは再び振り返る。
そして、
『お姉様......何故?!』
そうセレナを止めたのはフレア王女なのだ。その予想外の出来事にセレナは戸惑う。そして、フレア王女は、
「セレナの気持ちもわかるよ、でも、この者はまだ敵と決まった訳ではないんだよ、確かにオーラは怪しいものだ、だけどゼウス様が選んだお方なのならば私はそれを信じる! それだけだ!」
『お姉様だけでしょ! そのゼウス様っていうのを知ってるのはっ! 私は知らないっ! みんなも知らないっ! 信じられるわけがないでしょ!』
そのフレア王女の言葉にセレナは少し怒りながら反論する。その言葉に、
「人間不信は治ってないのだな......」
『ーーーーーーッ!!』
その言葉にセレナの怒りは爆発する。そして、
『もういいっ! 私に関わらないでッ!』
そう言い放ってセレナは出入り口である扉へと向かって歩き出す。その様子に、ルイは、
『ま、待てよ! お前はお前は何が......』
ルイは確かにそのセレナという女の子に殺されそうになっていた。でも、セレナは自分を殺す気だっただろうが、どこか躊躇っていた。その顔は悲しそうなものでもあった。それはルイを殺したくないと思っていたことなのだろう。それは何の根拠もない。でも、ルイはそう感じたのだ。そして、セレナを助けてあげたいとも思った。深い意味はない。だが、そんな可哀想で悲しそうな顔を見てしまった以上、ルイは助けてあげたいと思うのだ。"ツルギ・ルイ"とはそういう人間なのだ。だから、ルイは出口へ向かうセレナを止めようと手を伸ばす。
しかし、
『触らないでッ!』
そう言ってセレナにルイの助けようとした手はセレナの手に弾かれ拒否された。そして、セレナはクルッと回ってルイに回し蹴りする。その蹴りはルイの腹に直撃し、ルイは蹴り飛ばされる。ルイはそのまま自分の腹を押さえながら倒れている。その様子を見てセレナは、
『ーーッ! 道を開けなさいっ!』
そう言われて騎士団と神官たちは道を開ける。ルイは痛みを感じながらもその蹴った後のセレナの顔の少しの変化を見て確信する。何の根拠もない。本当に根拠もないのだが、
ーーあいつは助けを求めているんだーー
ルイにはそう感じたのだ。そして、ルイの頭の中にはおじいちゃんである鶴木源一郎が思い浮かぶ。あの人の言葉を思い出すかのように。
「お姉様っ!」
「セレナっ!」
そして、姉と妹はセレナを止めようとする。しかし、
『私は人を信じられないよ』
そう言い放って歩き出した。その言葉を聞き、もう誰も止めようとは出来なかった。一人を除いては。
『ま、待てって......ぉおい!』
ルイは諦めてないのだ。ルイはセレナを救うためによろよろと立ち上がる。しかし、
「いつか......あなたは私が斬るわ、ツルギ・ルイっ!」
そう言い放ってセレナは王の間を出ていく。そして、そのセレナの言葉はルイの心に突き刺さる。でも、
ーー何でだろうな、俺はあいつを放っておけないよーー
《助けるんだね、ルイ〜〜、フィアもフィアも手伝うよ!》
王の間に重い扉の閉まる音が鳴り響いた。