第1章2 王の間と王女
ルイが異世界に足を踏み入れた瞬間、ルイの目の前にはスクールバッグと制服がまるで瞬間移動でもしたように現れた。
『初期装備ってことか』
そのあまり着ていなかった新品同様の制服と教材などは入れず、沢山のガラクタばかりの入ったスクールバッグの中身は前にいた世界のと何ら変わっていなかった。
『やっぱし、ガラクタだったか』
そう、自分の初期装備に後悔しながらルイは制服を着る。学ランで異世界に来るなんてと少し来ていた服も後悔している。しかし、やるしかないと心に決め、スクールバッグを背負い、老人を見る。その老人はルイの準備完了の合図を受け取り、
「では、行きましょう」
着替え終わったルイに向かってそう言った。老人の目の前には一つの『光』がある。この世界の懐中電灯と言うべきか。でも、その『光』は間違いなく魔法だ。そして、それで道を照らしながら老人は歩き出した。少し急いでいるように感じられる。その老人のやけに急いでいる様子を見て、ルイもその後をついて行く。
《ねぇ、ルイ、あのお爺さんどこ行くんかだろうね〜〜》
ルイには常時、フィアの呑気でワクワクしている気持ちが伝わってくる。フィアはどうやら遠足気分と言ってもいい。本当にお子ちゃまだ。
『それにしても静かな場所だな〜〜、誰もいねぇ』
ルイはそう独り言を呟いた。この部屋はルイの言った通りだ。誰も居ない。静かでルイと老人の足音だけが部屋中に響いている。そして、ルイが転生して出てきた扉以外にも数十個、いや、もっと多いかもしれないが、沢山の扉がそこにはあった。はっきり言うと全ての扉は同じ形、大きさ、色だった。そんな光景をルイは歩きながら見回していた。ちょっと怖いくらいだった。その様子を察したのか老人は歩きながら話し出した。
「この部屋は"転生部屋"と言われております、もちろん、名前の通り、転生者様方は全てこのどれかの扉からやって来られました、貴方様もその中の一人、詳しい話は今、向かっている場所ですると致しましょう」
そう言って老人は歩き続けていた。ルイはその言葉にこれ以上の追求はやめた。そう詳しい話を聞けるのだから。早く行かなければならないと感じたのだった。
それにしても、ここは大きな部屋だ。次から次へと沢山の同じ扉が現れては消えていく。そして、前方から今まで形状を覚えちゃう程見てきた扉とは違った扉が姿を現した。
『こ、この扉は?』
「出口でございます、では、心の準備をなさって下さい、この先は神聖なる"王の間"でございます、そちらの正面の扉と空間上ここは繋がっております、早く行きましょうっ! 王様が待っておられますっ!」
老人はそう言ってルイを見つめた。ルイは息を呑む。異世界に来ていきなり王様に会うなんてルイにとっては重すぎる。きつすぎる。急すぎる。ルイは緊張と不安で手には大量の手汗に顔を滴れる汗。足は震えている。いや、足だけではない全身だ。ルイは比較的前に立つ男ではなかったのだから。リーダーとしての才能があるかないかなんて試したこともない。避けて生きてきた。そんなチキンが今、王様と話すのだ。震えるのも仕方が無いだろう。でも、逃げられない。
《ええっと、まあ、ルイが本体なんだしがんばってね〜〜、フィアちゃんはお手伝いしませ〜ん、離脱っ!!!》
そんな緊張しているルイの気持ちは直でフィアには伝わっていた。その面倒くさそうなことにフィアは逃げたのだ。
ーーおいっ! フィアっ! 野郎っ! 交信を切りやがって、覚えとけよっ!ーー
そのフィアの無責任な行動にルイは心の中で"今度、トマトを大量に食べてやろう"と静かに決心した。フィアの嫌いな食べ物ランキング堂々の一位がトマトなのだから。感覚を共有できるルイにとっては持ってこいの能力だ。
そして、ルイはゆっくりと大きく深呼吸をして、老人に向かって頷いた。その頷きに老人は笑って、
「御意っ!」
そう言って扉を押した。開いていく扉。暗かった転生部屋に光が差し込んでくる。明るい部屋だ。そして、沢山の人の声がする。老人は開く扉の横に控えつつ、手でルイを誘導した。
そして、ルイは"王の間"に踏み込んだのだった。魔王を倒すために。
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その"王の間"はとても綺麗で豪華で広く大きな部屋だ。天井も高く、豪華なシャンデリアの数々が煌めいている。通路には赤い絨毯が引かれており、建物を見る限りヨーロッパの城のような感じが漂っている。そして、そこには沢山の人が綺麗に並んでいた。そこには亜人種も沢山いた。物凄い光景にルイは目を見開いた。
「来たんだな、異世界にっ!」
ルイは少し興奮していた。目の前にいる亜人種の数々、そして、多彩な色の髪の毛、そして、建物は中世ヨーロッパ風と言ってもいいだろう。ルイの想像通りの異世界だ。夢にまで見ていたものが現実となった喜びがそこにはあった。
そして、王の間にいた人々はその正面の扉が開いたのを見て話をやめ、振り向く。一斉にルイには沢山の視線が当てられた。生きていて一番と言ってもいいだろう。その一つ一つの視線がルイには強すぎる。ルイが見た限りいたのは高貴で腰に剣がある騎士たち、そして、ルミウスのような神官たち、貴族、王族の家系の様なものは一番奥にある壇上にいる人たちだろう。その壇上よりももっと上にある壇上の壇上には人がいる。その人は豪華な玉座に座っている。ルイにでも分かる。それがどのような立場の人間なのかは一目瞭然だ。
「あれが王様か」
そうルイは呟いた。そして、後ろの老人が、
「では、行きましょう」
そう言われて、ルイは歩き出した。老人はルイの後をついていく。赤い絨毯の引かれた通路の横にいる人たちはルイをジロジロと見つめている。ルイはその視線に耐え切れず少し早歩きで王の所へ歩いた。そして、王のいる壇上の目の前の少し開けたスペースでルイたちは止まった。
しかし、ルイは少し驚いていた。先程までは遠くて目では王がいることくらいしか分からなかったが、近づくにつれ、驚きは増していった。
王は『女』だったのだ。髪は赤くしなやかに垂れ下がっている。赤髪ロングだ。ドレスを身にまとい、とても美しい容姿をしている。とてもじゃないが若い人だった。見た感じだと二十〜二十五歳くらいだろう。ルイの想像はお爺さんくらいだと思っていたので完全に裏切られた形だ。
そして、その女の人がルイを見て笑顔で喋りだした。
『ようこそ、この世界にいらしてくれたなっ! 歓迎するよっ! セミミウスも任務ご苦労であったっ!』
「はっ! 有り難きお言葉っ! 感謝申し上げますっ!」
そう堂々と女の人はルイと老人に向かって言った。老人の名前はどうやら"セミミウス"というらしい。そのことは当然、ルイも初めて知った。
そして、女の人は、
『我が名は"フレア・アレクサンダー"と言うっ! この国の王族である"アレクサンダー家"の長女だっ! 今は王という立場に今はあるっ! 分かったか?』
「は、はいっ!」
そう、この国の王は『フレア・アレクサンダー』だ。その堂々とした態度にルイは驚いていた。とても王として相応しい程の言葉の強さである。その言葉の質問にルイはとっさに返事をした。
フレア王女はそのルイの様子を見て頷き、呟いた。
『君が最後の転生者ということか』
「さ、最後の転生者?」
ルイはそのフレア王女の聞き捨てならない一言を逃さずに問いかけた。その言葉が聞き取られたのを知り、フレア王女は目を見開いた。ルイは昔から何故か耳はいいのだ。余計な能力だが、こしょこしょ話などはルイの耳には意味を成さない。聞き耳の能力は生まれながらにして高かったのだ。しかし、それはいい事だけではない。ルイの悪口は直で耳の中に入ってくる。どんなけ聞こえないようにしてもだ。それが今、役立ったのだ。でも、よく聞き取れたものだ。多分、異世界に来て、ルイの聞き耳能力は開花したのだろう。
そのルイにバレてしまったのを知り、フレア王女はルイに向かって、
『あぁ、聞こえてしまったか、そうだ、君が最後の転生者のようだ、ゼウス様が言っておったのでな』
そう言ったのだった。聞き捨てならない単語を残しながら。