始まりの章12 だから君は
『あぁ、あぁーーーーーーーーーーーッ!』
冥界に響き渡るフィアの叫び。
何も救えなかった無力な叫び。彼女には人を救う力もない。助ける力もない。守る力も。戦う力も。支える力も。そして、生きさせてあげる力も。何もなかった。彼女には。フィアには何の力もなかった。あった力。それは殺人の力。フィアはその力で沢山の管理者を殺した。そう、罪のない命を奪った。そう、死ぬはずのなかった人たちはフィアによって死んでしまった。フィアが死なせたのだ。フィアは、フィアは生き残ってしまったのだった。
そして、その叫びが止まりフィアの意識は無くなった。
ーーもう生きたくないーー
そして、半年もの間、フィアは眠り続けるのであった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「んぅ、ぅぅ! んぅ、んッ!! んんっ? ここは?」
気づいた時、フィアは知らない所にいた。周りには『光』が覆っている。目の前には大きな台がある。ぽつんと一つの台が設置されている。やはり、フィアの知らない所だった。
だが、次の瞬間、フィアの中の記憶が、忘れたい記憶、忘れちゃいけない記憶が蘇ってくる。あの冥界の。あの日の。あの消えない過去がフィアを襲う。
ーー殺した、私がっ! みんなを、全てッ!! 死なせたんだ、私のせいでーー
その場で頭を抱え込みその場で暴れ出す。今のフィアは自分のした事を自分に責めるしかなかった。
その時、
『顔を上げるんだ、フィア、すまないが、お前には起きてもらった、"審判"のために』
その声にフィアは顔をあげる。そこには目の前にあった台に誰かいた。よく見るとゼウスらしき人が見えてくる。いったいここはどこなのか。そして、フィアの前にいるのはゼウスなのか。フィアは死ねたのか。そして、フィアは目が慣れてくるとその人物の正体が分かる。
「ゼ、ゼウスさま?」
そのフィアの弱々しい声がゼウスに向けられる。
『あぁ、私はゼウスだ、お前と共に冥界にいたゼウスだ、冥界で戦ってただろう?』
「ちがっ! そんなことは、私は、そんなことをっ! 私は私は、私は、冥界なんかっ!しらな」
『フィア、やめたまえっ! 起こってしまったことは変えられないのだよ』
フィアの認めたくない気持ちにゼウスはフィアに認めさせようとする。起こってしまったことなのだから。避けたくても避けたくても避けられないのだ。そして、その非情なゼウスに立ち上がり逃げようとする。しかし、
「くっ! くッ!!」
フィアの両手は鎖で繋がっている。動けない。動かせなかった。そう、フィアはこの場から脱走は出来ない。そして、フィアはあることに気付く。よくこの場所を思い出すと一度だけフィアはここに来たことがある。記憶の片隅にある記憶。ここは神域の『審判』だ。審判を受けている神を裁くゼウスをフィアは昔見たことがあった。この場所で観覧していた。フィアは急いで周りを見回す。座席がある。フィアを周り囲むように観覧席があった。しかし、誰もいない。ここには審判長であるゼウスが目の前にいるだけだ。ここはとても静かな世界だった。その様子に、
『やっと気付いたようだね、フィア、ここはお前への"審判の間"だっ! 一生起きないと私は思っていたが、半年も寝ていたのだよ、でも、よく起きたね、いや、私が強制的に起こしたのだがね』
そのゼウスの言葉にフィアは黙り込むしかなかった。しかし、
『やはり君は死のうとしたね、だから、起きない』
ゼウスは真剣な顔でフィアにそう言った。フィアはそのゼウスの言葉に、図星を突かれ、
「ゼ、ゼウス様っ! 私は、フィアはっ! それだけのことをしたっ! 多くの人々を殺したっ! 今の私には、生きる価値なんて、生きる価値がないんですっ! 死なせせて下さいっ! ゼウス様っ! みんなを殺し、私は生き残ったっ! 殺人ですっ! 私は最低、最悪の神様ですっ! フィアでも分かりますっ! フィアは死ななければいけないっ! 死なないといけないのっ! 私はここにいてはいけないっ! 死ぬはずだったっ! 誰一人守れないっ! そ、うっ! 私は死にたいのっ!」
フィアも真剣な眼差しでゼウスに向かって心の底からの言葉を声を出す。本音なのだ。フィアは死にたい。死にたいのだ。あんな現実、自分のせいで消えていく人たち。目の前でフィアに謝りながら死んだルミウス。あの顔。今でも忘れられない。ルミウスはフィアを恨んでいたに違いない。フィアが来なければ、ルミウスは冥界にも行かなかった。死なないで済んだ。管理者たちもだ。フィアがいなければ、ヘェルは"死霊門"を完成させれなかった。あんな最悪の力を手に入れることはなかった。しかも、あの自分の『光』によって冥界が壊れていくことなんてなかった。そう、こんな事には一つもならなかった。全部全部、フィアがいなければここまでの被害は出なかったのだから。フィアのせいなのだ。
『だから、君は弱いのだよ』
「ーーーーーーッ!」
ゼウスは小さな声でフィアに向かって言った。しかし、フィアは言い返すことはしない。言い返すことは出来ないのだ。だって、
ーー私は弱いのだからーー
そして、ゼウスの口がまた動き出す。やはり"審判"の結果だろう。フィアはもう覚悟は出来ている。当然、フィアへの判決は"あれ"しかないのだから。
『はぁーー、やっぱりお前の審判はやめだ、フィア、お前の判決は保留にするっ! 早く帰るがいいっ! 目障りだっ!』
「えっ!?」
意味が分からない言葉にフィアはゼウスをもう一度見る。少し怒っているゼウス。フィアの"審判"は保留となった。当然、その結果をフィアは気に入らない。
「な、何故なのですかっ!! 私をフィアを殺して下さいっ! ゼウス様っ!何でっ! 私をっ! この最悪な私をっ! 生きる価値のないフィアをッ!!! 殺して下さいっ! ゼウス様っ!」
『だから君は......』
狂うフィアの耳にはゼウスのその言葉は入ってこない。ゼウスのその後の言葉は誰にも聞こえることはなかった。
そして、フィアとゼウスの距離は遠くなる。遠ざかっていくゼウス。そして、フィアを『光』が包んでいく。でも、
「こ、こんな事がッ! これは夢だ、よね」
フィアはそう呟く。この事実にフィアはまたしても認められない。フィアは死ねなかったのだった。だからこそ、この状況をフィアは信じられない。フィアは夢だと自分に言い聞かせる。しかし、
ーーこれは現実だよーー
ゼウスの声が脳内に響いてくる。嫌でも聞きたくなくても脳内に入り込んでくる声。無意識に入り込んでいる声。止めようとしても止めれない声。声と言うのは違っているかもしれない。しかし、フィアに入り込んできた。ゼウスの声が。ここは現実なのだと。そして、フィアの目からは涙が出てくる。何も出来ない。遠ざかっていったゼウス。周りには誰もいない。『光』しかないのだ。意識がまた遠のいていく。『光』がフィアを包み込んでいく。『光』に覆われ、フィアの意識は消えていった。
フィアの判決は"保留"という中途半端なもので終わった。そう、フィアは死ねなかったのだった。
だが、今のフィアは知らなかった。自分の世界が壊れかけていることを......。そして、全世界のピンチを......。