始まりの章10 救世主
ヘェルの鎌が風を切り、フィアに近づく。近づく。近づく。近づく。
フィアはその近づく鎌をただ見つめることしか出来ない。
ーーあぁ、私、死んじゃうだーー
フィアは"死"を覚悟する。神と言っても死んだら終わりだ。フィアは目をつぶってその時を待った。鎌はもう目の前だ。そう、もう死ぬのだ。
だが、
『カキンッ!』
突然、フィアの耳の中に金属音が鳴り響く。当然、フィアと鎌がぶつかっても、そんな音が出る訳ない。さらにフィアには痛みがない。ちゃんと頭は首と繋がっている。足もだ。手もだ。腹もだ。腕もだ。肩もだ。胸もだ。体は全部繋がっている。一滴も血は出ていない。その事実に、
ーーなんでっ! 私は死んでないのっ! ーー
フィアは混乱する。喜びや嬉しさもあった。しかし、悲しみも悔しみも苦しみもある。フィアは生きている。
そして、フィアはその閉じていた目を開ける。そして、フィアの蒼眼の中に光が入り込んでくる。目が慣れない。視界がぼやける。でも、分かること。それは、フィアの目の前には誰かいることだ。フィアの目の前に。
そして、目が慣れてくる。視界のぼやけが消えていく。そして、目の前の人物が見えてくる。その大きくて広い背中。堂々たる後ろ姿。そして、何よりその体から発せられる凄まじい『神のオーラ』。だんだんとフィアにはその人物が分かってくる。そして、フィアはその人物によって助かったのだった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヘェルは勢いよく"ヘェルサイズ"を振り下ろしている。その鎌は風を切り加速していく。ヘェルは怒り狂い笑いながらフィアを見つめる。ハデスは当然、その場から動くことが出来ない。ただその現実を見ることしか出来ないのだった。そして、フィアは目をつぶる。そう、自分の"死"を覚悟した時だ。そして、"自分の価値を見失った時"だ。
その瞬間、
『カキンッ!』
金属音と共に"ヘェルサイズ"はヘェルの手から離れ、後方へと飛ばされる。ヘェルの鎌は一つの六色に輝く剣によって弾かれたのだ。軽々しく飛ばされる鎌。ヘェルはその驚きと共に目の前を見る。一人の男がいる。そして、ヘェルがその男が誰か気付いた瞬間、ヘェルの目は大きく開かれる。ハデスもだ。この冥界にはいるはずのない人物。そして、よく知る人物を見て驚きを隠せない。その凄まじい『神のオーラ』を放つ人物に。
そして、フィアもその閉じていた蒼眼を開く。ぼやける世界。そして、一人の男がいることにフィアも気づく。完全に世界がフィアの目の中に映った時、フィアの口からは驚きの言葉が漏れる。
「ゼ、ゼウス様っ!?」
その小さい驚きの声にヘェルはとっさに後ろへと後退する。フィアとその男と距離を取ったヘェルは声を震わせながらその男に向かって叫ぶ。
「な、何でお前がっ! ここにいるんだよっ!何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だッーーーーーーーーーーッ!!! この冥界にッ! お前がいるんだっ! ゼウスッ!!!!」
その荒れたヘェルの叫びが冥界に響く。そして、このフィアを助けた男は"ゼウス"であったのだ。そして、ゼウスはそのヘェルの様子に喋り出す。
『こんな忙しい時によくもこんな事をしてくれたなっ! ヘェルッ!!! いや、もうお前は、もう神ではないんだったな、魔王軍だったなッ! お前は私たちの恥だっ! ヘェル、お前はここで私が斬るっ!』
ゼウスは六色に輝く剣先をヘェルに向け、宣言する。ヘェルの一歩下がる。それもそのはず、ゼウスは神の中でも一番と言っても良い程の実力者である。そして、手に持つのは伝説の剣、
"ゼウス・エクスカリバー"
その六色に輝く剣はゼウスのみが使うことの出来る剣である。そして、その中の一つ"ゼウス・エクスカリバー"は六色に輝いているのが特徴である。
それは、
『火』『水』『風』『地』『光』『闇』である。
そして、この世にはこの六種類が魔法として存在している。その全てを極め、その頂点に君臨するのがゼウスなのである。そして、"ゼウス・エクスカリバー"はその六種類の魔力を宿している剣なのだ。それはまさに神剣と呼ばれる最強の剣なのだ。
そして、ゼウスはその宣言をした後、周りを見回す。何一つ消滅して殺風景になった冥界。そして、そこにいるフィアとハデスを見る。ボロボロになった二人を見てゼウスは、
『よくぞ、生き残ってくれた』
そう二人に言い、
『いずれ、審判は行うだろう、しかし、ハデスっ! お前の判断は正しかったようだな、よくぞ、私を呼んでくれた、ここをあの野郎に取られては私たちに未来はなかった』
フィアとハデスに向かって真剣な顔で言った。
「ーーーーーーッ!」
そして、その言葉に依然として、地面に叩きつけられているハデスは、何故、ゼウスがこの冥界にいるのか気付く。そう、自分が呼んだのだ。管理者の一人を神域へと向かわせて。そして、ゼウスが来た。これなら、辻褄は合う。ゼウスがここにいるのも納得がいく。ハデスはそれに気付き、ゼウスを見る。ゼウスはそのハデスを見て頷く。ゼウスはこの冥界を助けに来てくれたのだった。しかし、ハデスは知っている。ゼウスという神が世界に関わってはいけない事を。少しばかり、神域を出て、ゼウスは気ままに人間界にいたりすることはある。しかし、やれることは制限されているはず。圧倒的な力を持つ分、ゼウスは世界の中で戦場に立ったりして戦ったりは出来ないはず。だから、ハデスは、
「な、何故、戦えるのじゃ」
残り少ない死力を振り絞り、ハデスはゼウスに問う。その問いにゼウスは簡潔にこう答えた。
『ここが冥界だからだよ』
「ーーーーーーッ!」
そして、またハデスは気付く。『冥界』は"世界"に数えられていないのだ。この世界は、千を超える世界が存在している。その中でも、特別なもの、例外なものがある。それは、『神域』『天国』『地獄』『冥界』『魔界』の五つである。ここは、普通の神が支配する世界とは構成も全て違う。ここは言わば、"世界"ではない。"空間"だ。神が創造したものでも誰が創造したものでもない。この中ではゼウスは干渉できる。そう、戦うことも出来るのだ。
そして、次の瞬間、ゼウスは剣を構える。それを見て、ヘェルは焦る。そして、対策を打つため、
「死霊門ッ!!!!!!」
そう叫ぶ。その瞬間、ヘェルの後ろにあの巨大な門が現れる。そして、何百体もの死霊が出てくる。
「これぞっ! 僕の夢っ! これぞ! 力っ! 行けっ! 死霊たちよっ! ゼウスをッ! 殺せーーッ!!!」
ヘェルは笑いながら、ゼウスを指差す。そして、叫んだ。その瞬間、ヘェルの後ろにいた大量の死霊たちがゼウスに向かっていく。
そして、冥界での戦いは、最終局面を向かえようとしていた。
なんと次で"冥界"での戦いは決着ですっ! どうなるのかっ! フィアの過去をお楽しみ下さいっ!