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二幕 私を求めて



 数日後、私は二つ年下の友人を家に招待していた。


「どうしたらルイスをメロメロにできるかしら」


 紅茶に砂糖を溶かし入れながら、はぁ、とため息をつく。

 気の置けない友人と一緒にお茶を楽しんでいても、彼のことが頭から離れない。

 もう、とっくに重症だと、十二分に自覚していた。


「わたしの目には、もう充分メロメロに見えるんですが」

「違うのよ、エシィ。私はルイスの愛だけでは満足できないの。ルイスに恋をしてほしいの」


 愛されている自信はある。ルイスは誰よりも私を大切にしてくれている。

 けれどそれは、まるで親が子を慈しむような、兄が妹を守るような、そんな愛に思えてならない。

 その感情に名前をつけるなら、親愛、といったところ。

 私が欲しいものとは、近いようでいて、正反対のものだった。


「ニナは、ルイスさんが自分に恋をしていないと思っているんですね」


 エシィは冷静に分析して、私の考えを見事に当ててみせた。

 否定する理由なんてどこにもない。そんなことない、と言えば、優しいエシィはごまかされてくれるだろうけれど。

 砂糖の溶けた紅茶の水面に目を落とす。

 ゆらゆら、揺れている。まるで不安定な私の心みたいに。


「だって、ルイスはずっと、私に甘いだけなんだもの。私、ルイスにおねがいばかりしてきて、一度もルイスにおねがいされたことがないわ」


 おねがい、ルイス。

 そう、今まで何度口にしてきただろう。

 きっと、手が十本あっても数えきれない。

 子どものころからずっと、私はルイスに甘えるだけ甘えてきて、ルイスはそれを許容してくれた。

 昔から私たちの関係は、あまりにも一方的だった。私だけが手を伸ばしていた。

 それは……今も変わらない。

 ルイスは、私を必要としてくれない。


「ルイスさんに、何かおねがいされたいんですか?」

「おねがい……というより、ルイスにも、私を求めてほしい」

「情熱的ですね」


 エシィは困ったように、けれど優しく微笑む。

 その表情は大人びていて、彼女の年齢からすると不釣り合いにも見えた。


「ニナの気持ちもわかりますけど、年の差がありますからね。大人の男性が年下の異性に頼るというのは、婚約者でも難しいんじゃないでしょうか」


 エシィの客観的な視点からの意見は、たしかに一理あるだろう。

 一般的に、男性は優位に立ちたいものだとも聞くし。

 そこにさらに年齢が関わってくるんだから、エシィの言うこともわからなくもない。

 でも、私は身近に、一般論が当てはまらない二人を知っている。


「エシィは? ジルベルトさんにおねがいされたことはないの?」


 彼女の婚約者の名前をあげると、エシィはかすかに頬を赤らめた。

 エシィには、八つ年の離れた婚約者がいる。

 四ヶ月前の彼女の誕生日に、ひざまずいて愛を乞うジルベルトさんを、私もすぐ近くで見ていた。

 成人したその日に求婚なんて、それこそ情熱的と言える。

 ジルベルトさんはエシィへの想いを隠さない人だったから、彼の気持ちは知っていたけれど、それでも驚いてしまった。

 八歳差。私とルイスよりも年が離れている。

 子どもの戯れ言から始まった私たちの婚約とは違う。もちろん私のほうは当時から真剣だったけれど。

 エシィとジルベルトさんは、本気で、お互いに恋をして、婚約を結んだ。


「…………その、ジルは例外といいますか」


 ゴホン、とエシィは咳払いをひとつ。

 たしかに、八つも年下の、成人前の子どもに人目をはばからず愛をささやいていたジルベルトさんは、変わっていると言わざるをえない。

 うらやましい、と思ってしまう自分の浅ましさに、自己嫌悪に陥りそうになる。

 年の差があるということが、そう簡単な問題ではないと身を持って知っているだけに。


「心配することはないんじゃないでしょうか」


 その声にはさっきまでの動揺はなく、ただ私に対する思いやりだけがこもっていた。


「ルイスさんは、ジルとは比べものにならないくらいしっかりした方ですから、ニナが頼りにならないというわけではないですよ。恋か愛か、はわたしにはわかりませんが、ニナを大切に思っていることは見ていて伝わってきます。だから、大丈夫ですよ」


 穏やかな微笑みは、私を見守るルイスのまなざしを想起させる。

 エシィはたまに、ルイスのような、一人前の大人のような顔をする。

 彼女を相談相手に選んだのは、もちろん私と同じで婚約者と年が離れているということもあったけれど、彼女が私よりもしっかりしているから、だった。

 三人姉妹の末っ子とはいえ、私も卿家の一員。ただ甘やかされて育ったわけではない。

 むしろ、両親は子どもたちを立派な淑女に育て上げるために手を抜かず、私を甘やかしてくれたのはルイスだけと言ってもいい。

 そんな私でも、エシィには敵わないと思うことが多い。

 年上としての威厳は、彼女の前では塵も同じだ。


「たまにエシィが年下だということを忘れるわ」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 くすり、と笑うエシィは、私の目に理想の淑女として映った。







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