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彼の言葉

作者: 由 快

「君は誰の為に生きてるの?」

って、彼が突然聞いてきた。私はあまりに突然で、どうしてそんな事を聞くのか意図もわからなかったので、黙っていた。

「なんてね」と彼は静かで重い空気を打ち破るかのように呟いた。

(なんだったんだろう…)

私は彼の言わんとしている事が理解出来なかった。



翌日の夜。

私は、ちょっと小洒落たバーのカウンター席で、彼と肩を並べていた。


特に何て事のない話題が一区切り付いたところで、私は、昨日からの疑問に思っていることを語り出した。

「ねぇ、何故あんな事聞いたの?」

「え?何?」

「昨日、私に聞いたでしょ?『君は誰の為に生きてるのか』…って」

「ああ、あれか…」

「どうして、そんなこと聞くの?」

私は彼の顔をまじまじと眺めながら聞いた。

「特に、理由なんてないよ」

「理由もなしに聞くの?」

「っていうかさ、…ちょっと思いだしたんだよなぁ」

「何を…?」

彼は真っすぐの姿勢で、遠くを見ているような目をしていたが、ふっと私の方に顔を向けて少し笑った。そして、

「おふくろ、さ」

「…?おかあさん?」

「ああ」

私はますますわからなくなった。『誰の為に生きてるのか』が何故、お母さんと繋がっているのか。

「どういう事?」

私は素直に聞いてみた。

彼はまた真っすぐな姿勢に戻り、ジン・トニックを一口飲んでから、静かに語り始めた。

「実は、昔さ、家族団欒の時にさ、おふくろが突然こう言ったんだ」

私は彼の方に視線を向けながら、黙って聞いていた。

「『この世で一番の親不孝な者は、親より先に死んじゃう子だよ』って。

…なんかさ、その言葉がずっと耳に残っていて。俺はきっと今は、おふくろの為に生きてるんだろうなァ、って思ったりするんだ…」

彼は言い終えると私の方に振り向き、フッと笑った。

私は何も言わなかった、いや、言えなかったというべきなのか。彼の言葉、いや彼のお母さんの言葉に説得力があったのが理由の一つかも知れない。


そんな会話があった一週間後に、旅客飛行機の墜落事故が起きた。

生存者の見込めない大惨事となった事故だった。

その飛行機の中に乗っていて、犠牲者の一人として彼の名前が報じられたのは、翌日だった。


彼の葬儀には多数の人が訪れた。

報道陣も何人かいた。

勿論、私も参列した。とても悲しかったが、まだ、さほど実感はない。

焼香を済ませ、帰ろうとしたとき彼の母と名乗る人に呼び止められた。

彼の『この世で一番の親不孝な者は、親より先に死んじゃう子』という言葉をふと脳裏をかすめた。

彼が私の事を話してたみたいで、それで彼のアルバムの中にある私の写真を見ていたので、気付き声を掛けたのだという。

私は彼のお母さんが語る、彼の歴史を要点的に聞き、将来、私と結婚するかも知れないよ。と言っていた事を聞いた。

そして、

「貴女は若いんだから。

貴女の人生はこれからなんだから。

貴女は貴女の為に生きなくっちゃだめだよ」

と結んだ。

私は黙って聞いていたけど、気が付けば、涙がつたっていた。

『私は私の為に生きる』

彼の『君は誰の為に生きてるの?』の言葉…、それを彼のお母さんが答えてくれた。

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