第3話「RGK」
穣は道場の更衣室で手早く学生服からジャージへと着替えると裏門から校外へ出る。一度ジャージで校外に出るところを教師に見つかり、こっぴどく説教されてからは裏門から帰宅するようにしていた。ゲームセンターは裏門からの方が近いため、2つの意味で好都合なのであった。
ゲームセンターに到着すると、クラスメイトは既にRGKの対戦中だった。穣は対戦の邪魔にならないように、そっとクラスメイトの後方に移動する。お互い3キャラ目同士のラウンドだ。対戦相手の使用キャラを見ると、穣は僅かに顔をしかめた。
(ルリ相手にミルゴって……。メタキャラじゃないか)
RGKの対戦システムは「3 on 3」であり、「3すくみ」である。
総勢54、隠しキャラを含めると57人のキャラの中から好きなキャラを3人選び、勝ち抜き戦を行う。キャラには特性として「力」「速度」「技術」の3タイプが付与されている。3つのうち、いずれかのタイプが1つだけ設定されており、「力」タイプは「技術」タイプには強いが「速度」タイプに弱いといった具合にタイプ相性が存在する。勿論、タイプ相性による有利不利は微々たるもので、それだけで勝敗が決まるようなものではない。しかし、タイプ相性に加えてキャラ相性を加えると少し事情が異なってくる。
同タイプ、キャラ相性差なしで勝率が50%だとすると、不利タイプかつ不利キャラに対する勝率は30%前後まで落ちてしまう。RGKではキャラとタイプ両方が有利なキャラを使用することを「メタる」「メタキャラを使う」という言い、メタ行為はRGKプレイヤーの間ではすこぶる不評であった。
クラスメイトは善戦していたが、確定反撃を食らって負けてしまった。連勝数が3になっていたので、負けた相手がメタキャラを選んで乱入してきたのだろう。
「あぁー、クソ!」
「どんまい。ルリじゃミルゴは無理ゲーすぎるよ」
「レバー入れ小キック、クセで出しちゃうんだよなー」
「必殺ゲージがあればガードされた時点で体力5割確定で持ってかれるからなぁ……。まさに『小足見てから反撃余裕でした』だね」
クラスメイトが使っていたルリは「技術」タイプで、レバー入れ技が多くトリッキーな動きが特徴の人気キャラである。ほとんどのキャラに対して五分、もしくは若干有利が付く強キャラだ。しかし、特定の技をガードすると確定で反撃できるミルゴに対してだけは超がつくほど不利なのである。
「正々堂々とメタキャラを使うとはなんと卑劣なことか」
「たった一言の中で矛盾を作るんじゃない」
「突っ込みありがとう。それで、対戦相手は誰?」
「分からん。見たことない奴だな」
対戦相手が気になった穣は少し移動し、対戦台の向かい側を横目で確認する。
(確かに見たことない人だ。あれだけ派手なジャケット着てれば嫌でも覚えているだろうし)
向かい側の対戦台に座っていたのは龍の刺繍が施された真紅のジャケットを羽織った男だった。オールバックにした髪はムースで固めたのだろうか、少し黒光りしている。男はゲラゲラ笑いながら大声でクラスメイトのことを嘲笑していた。
「よっえー、マジよえー! お前なんでこんな弱い奴に負けてんだよ」
「いやー、リュウジさんが強いんすよ!」
「まーな、俺つえーしなぁ!」
その発言を聞いていた穣とクラスメイトは顔を見合わせ、苦笑いした。向かいで観戦していた3人組はオールバック男の取り巻きのようだ。揃いも揃って赤いジャケットを羽織っているため、目がチカチカする。
「メタキャラ使って『オレつえー!』ってか。むかつくな」
「うん。少しお仕置きしようか」
穣はポケットから100円玉を取り出すと、コイン口に投入し対戦台に座った。スタートボタンを押すと画面に「挑戦者 現る!」と表示される。手慣れた様子で3キャラを選択すると、向かい側から訝しがる声が聞こえてきた。
「おいおいおいおい。タスクにヤシャマルにコナツだぁ?やる気あんのかこいつ」
対戦相手の疑問は最もである。穣が選んだ3キャラは、操作が難しいとされるキャラのTOP3だったからだ。
1キャラ目は足立翼。「速度」タイプの武闘家で火力は控えめだが他の追随を許さない程のコンボ・固め性能を誇る。通称、投げコンと呼ばれる投げ技からの追撃が可能。しかし、追撃タイミングがシビアすぎる上、投げコンを使いこなせないと火力不足に悩まされる。攻めの選択肢は豊富だが、守勢からの返し手が少ない。その特性上、常に攻め続ける必要があり、一部ではサメキャラやマグロキャラと呼ばれることもある。
リーゼントにした髪と不死鳥の刺繍が入った特攻服がトレードマークで、素手で虎を倒すことを目標としている熱血漢。自分の強さを確かめるためにRGKへ参戦。
2キャラ目は夜叉丸。「力」タイプの剣豪で、遅い・重い・固いと「力」タイプの代名詞とも言えるキャラ。攻撃モーションに入るとスーパーアーマーが発動し、3HIT以下の攻撃では怯まなくなる。使いこなすにはスーパーアーマーによる相討ち、ダウンしたキャラの起き上がりに攻撃を重ねる起き攻めテクニックが必須。超必殺技の居合切り「風断」はガード不可、かつ一撃で体力を8割削れるが、発動までにタメが必要で当てるのが難しい浪漫技。
2m近い巨漢で、坊主頭の側頭部には3本のラインが入っている。過去に柳葉刀を使う剣豪に目の前で妹を斬り殺されており、全国行脚しながら仇討相手を探している。仇討相手の手掛かりを探すためにRGKへ参戦。
最後は火乃川小夏。「技術」タイプの陰陽師で、甲冑を着込み、勝ち気な台詞が多いことから姫武者の異名を持つ。3人いる隠しキャラの一人。攻撃のほとんどを式神に委ねており、間接攻撃メインで遠距離戦に強い。式神による攻撃HIT時、追加コマンド入力で追撃可能。しかしその種類が異様に豊富で、HIT状況に合わせて最適な追撃を選択しないと途中でコンボが途切れる。途切れ方によっては確定反撃されてしまう。テクニカルな操作を要求される超ピーキーキャラ。
150cmに満たない小柄な身体と、後ろで束ねたポニーテールが特徴。青鬼討伐中に仲間とはぐれ、途方に暮れて彷徨っていたところ、RGK参加者と勘違いされ参戦。
操作が複雑な反面、操作者の腕次第でタイプやキャラの相性をひっくり返せることから穣は好んでこの3人を使っていた。しかし、それだけが3人を使う理由ではない。
古武術を始めるきっかけになったタスク。
居合の手本としてモーション研究までしたヤシャマル。
好みの直球ド真ん中ストライクであるコナツ。
どのキャラも特に思い入れが強いのである。また、外国人キャラの多いRGKにおいて数少ない日本人キャラであることも気に入っていた。
(さーて、昨日思いついた連携の初披露、とね)
穣はニヤつきながら操作レバーを握った。