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飛び込み大キック立ち強パンチ  作者: 安井智樹
第1章 リ・トライ
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第1話「日常茶飯」

 昇日前、朝刊配達のカブの排気音を聞きながら少年は目を覚ました。寝たりないのか、頻りに欠伸をしながらではあるがベットから身体を起こし、洗面台へと向かう。冷水で顔を洗い、しつこく残る眠気を覚ますと大きく伸びをし、深く息を吐く。


「んあぁ――ちょっと筋肉痛になってるなぁ」


 少年は左手の二の腕を軽く揉みながら階段を降り台所へ行くと、手慣れた様子でスムージーボトルを取り出し一息に飲み干した。ボトルの中身はバナナとプロテインに牛乳を混ぜ、プロテインの臭み消しにきな粉を入れたもの。就寝前に予め用意しておいた少年の朝食である。


「……うーん不味い。作りたてならもう少しましなんだけど」


 以前は起床してからスムージーを作っていたのだが、ミキサー音で起きてしまった姉から執拗にお小言をもらってからは作り置きをするようにしていた。冷蔵庫に入れているとはいえ、作り置きしたスムージーは時間と共に味が落ちてしまうため少年は不満であった。


「姉さんを起こしてまた小言聞くよりはいっか」


 飲み終わったボトルを片付けた後に自室に戻り、通学準備を終えた少年はパジャマからジャージに着替える。リュックを背負い、携帯音楽プレイヤーを身に着け、少年は家を出る。


「行ってきまーす。今日の目標は2時間半ジャスト!」


 誰もいないリビングに挨拶をし軽くストレッチをした後、少年は走り出す。自宅から学校までの約30kmを、走って通学するのが少年の日常であった。






 お気に入りの音楽を聴きながら走って通学しているこの少年は田中穣。

 身長は175cm、細身ながら筋肉質であり、髪型はツーブロック気味のショートヘアにしている。体格的には威圧感があってもおかしくないのだが、童顔であるため「優男」という表現がしっくりくる相貌であった。名前は「たなかみのる」なのだが、周りからは「ジョー」のあだ名で呼ばれることが多い。名前を呼び間違えられた際に「響きが良い」という理由でこのあだ名を気に入り、そう呼ぶように本人自身が吹聴しているからである。


 さて、穣がなぜ走って通学しているのかと言えば、彼の小遣いと密接な関係がある。高校入学時に母親から提示された穣の月額小遣いは2万円で、高校1年生にしては過剰であるとさえ言える金額であった。……全額使えるのであれば。


「4月から、お小遣いは月2万円にするから。交通費も交遊費も食費も、全部ここから出すこと。いいわね?」


「分かったよ母さん。学校は走って行って、お昼は食べなければ全部好きなことに使っていいってことだね!」


 母親としては決められた金額内で遣り繰りする勉強をさせる腹積もりであったのだが、穣は斜め上の解釈をした。穣の解釈を聞き、ため息を一つ。眉間を指で揉み解しながら母親は口を開いた。


「……分かったわ。好きにしなさい」


「っしゃあ!」


 穣は小さくガッツポーズをしながら、思いがけない小遣いの増額に歓喜していた。


「ただし! 昼食はちゃんと食べなさい。それが守れないならこの話はなしよ」


「わっかりましたぁ!」


「はぁ……。聞いちゃいない……」


 母親の苦悩など伝わる訳もなく、穣は小遣いの使い道をウキウキと考えていた。





 そんな高校入学時の小遣い額決めから凡そ2年が経過したが、豪雨や吹雪などの悪天候を除き、穣は飽くことなく走って通学を続けていた。なぜ走っての通学を2年も続けることが出来たのか。それは穣が中学生時代からハマっていた、とあるゲームに理由あった。


[ロード・オブ・シリーズ]


 人気が人気を呼び、社会現象にまでなった格闘ゲームである。

 この[ロード・オブ・シリーズ]が大ヒットしたのには、ゲームの完成度以外にキャラモーションが自然であることが挙げられる。

 頑張れば動きを真似出来そう、とキックボクシングや古武道を習い始める人が急増し、武術ブームを巻き起こした。この武術ブームは普通の県立高校が古武道部を設立するほど熱狂的なものであった。

 穣も例に漏れず、[ロード・オブ・シリーズ]がきっかけとなり、高校入学時に古武道部に入部している。


 シリーズ内でも特に人気が高いのが、[ROAD OF GOD KING ~神王へと至る道~]、通称RGKである。

 RGKは家庭用ゲームに移植されたが、通信対戦機能は備えていなかった。対人戦をするためにはどうしてもゲームセンターに赴く必要がある。穣はゲームセンターで対人戦をするために定期代を削っていたのである。

 クラスメイトや教員達には身体を鍛えるため、と嘯いているあたり中々強かであった。





 すっかり日が昇った午前7時、穣は学校に到着した。息を切らしながら道場へと向かう。

 道場脇の更衣室で手早く全身の汗を拭い、胴着に着替えている穣に後方から声をかける人物がいた。


「よう、ジョー。今日も早いな」


「あ、師範代。お早う御座います」


 穣は振り返ると目の前の人物に深々と頭を下げた。

 見た目は30代前半だろうか。無精髭を顎に蓄え、185cmはあるであろう巨漢。隆々とした筋肉はプロレスラーを彷彿とさせる。

 穣も175cmを超え長身といえる部類であるし、引き締まった身体をしている。が、目の前の人物と比べると大人と子供、という表現がしっくりくるほどの差があった。


「今日の朝練参加はお前だけだ。マンツーマンでみっちりしごいてやるわ!」


「げっ、マジですか。練習熱心な生徒にご慈悲を」


「中間テスト1週間前に朝練しにくる奴にかける慈悲などない」


「そんなご無体な」


 師範代と雑談しながら着替えを再開する。ご慈悲を、といいつつも穣の顔は曇っていない。

 それどころか穣も師範代も、どことなく嬉しそうに見える。

 古武道部は総勢50名近くの部員を抱えており、師範代が一人で指導している。そのため、マンツーマン指導の機会など滅多にないことを二人とも理解していたためである。


「まずは型稽古からだな。一通り終わったら時間まで乱取りだ」


「ほ、本当にしごく気満々ですね……よしっ!」


 型稽古と乱取りでは疲労度が桁違いだ。穣は頬を強く叩き、気合を入れ直す。


「今日こそ1本取りますよっ! よろしくお願いします!」


「おーう。やる気はあるみたいだな。精々揉んでやるよ」


 ……1時間後、精根尽き果てた穣が大の字で転がっていた。


「おう。大分形になってきたなぁ。次の県大会はいいとこまでいけるんじゃないか?」


「だ……と……いいんですけどね……。ありがとうございましたぁ」


 息を整えた穣は立ち上がると改めて師範代にお辞儀をした。

 師範代はおう、と片手を挙げながら返事をする。


「おら、さっさと汗流してこい。遅刻すんぞ」


「はい。次こそ1本取ってみせます!」


 小走りに更衣室に向かう穣を見送り、姿が見えなくなったことを確認すると師範代は小さな声で呟いた。


「痛っ。突きも蹴りも一級品になりやがって。県大会が本気で楽しみになってきたわ」


 胴着の袖を捲り、青痣が出来た腕を撫でながら。


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