1章:可能性を殺しに来た者 前編
ーーーーー現在ーーーーーー
「・・・い、・・・・んい、・・・・尉・・・・」
ーおかしい。俺は寝てしまったのか?不味い、大尉から強烈な平手打ちがくる。いや、呼ぶ声は起こすためのものじゃない。心配しているようにも聞こえる。
ボヤけた意識を覚醒させた和也は現実に戻された。
「一等准尉、大丈夫ですか!」
「大尉・・・いったい・・・」
声の主はクリスだ。額から血を流してはいるが既に包帯が巻かれている。起き上がった和也がクリスの次に見たのは目の前に広がっているのは墜落し、見るも無残な姿に成り果てているUH-1Yだ。そして、負傷した仲間の姿。理解ができない俺に背後にいたマルチネス大尉が「何者かに撃墜された」と言った。
「!!!!」
昨日の話にもあった原因不明のヘリ撃墜の話し。俺たちが今度の標的になるなんて・・・
「大尉、周囲を捜索しましたが、足跡1つありません。変です。我々を撃墜したのが"人間の仕業"であるなら痕跡を残すはずです。なのに、それが見当たりません」
ラドス・アーレイ伍長が駆け寄り報告をする。彼の声を聞くに少々動揺しているようだ。ジャングルでの経験が小隊でも随一でアメリカ海兵隊武装偵察隊、通称フォース・リーコンの所属経験もあり、偵察に関しては追跡のプロとも言われている。そんな彼ですら我々を撃墜した者の痕跡1つ掴むことが出来なかった。
「そうか、伍長ご苦労だった。少し休め」
「イエッサー」
まだ頭がボーッとしている。ー墜落した時に頭でも打ったのか?いや、そう"錯覚"してしまう程の衝撃があったのだ。だんだんと思い出してきた確か米軍の基地に向かう途中で突然機体に激しい衝撃を喰らった。その後制御不能になった機体はそのまま熱帯雨林の中に墜落したんだ。ダメだ、突然の事すぎて上手く頭が回転しない。
「大尉、これからどうするんです?」
「現在無線が通じない状況だ。我々の救助要請が届かないため我々が移動しなければならない。今ラースが負傷者の治療に当たっている。これが終わり次第移動する。」
ラースンデゥックはケニアからの移民でこの小隊の海軍衛生下士官だ。皆「ラース」と呼んでいる。彼も影の功労者、縁の下の力持ちと言える。
「ラース!」
「あと、10分・・・いえ、あと5分ください!」
包帯を巻きながら治療を続ける人より大粒の汗をかき、負傷した仲間の治療に当たっている。その中で小隊内のマシンガナーを務めるレプソル・スタブロー上等兵が駆け足で近づいてきた。
「報告します、パイロットを含む・・・5名の死亡を・・・確認しました・・・」
とても悔しい表情を浮かべ、レプソルは墜落して負傷している中で我が小隊の家族と海兵隊の同胞が5人も死んだという悲痛の報告を行った。
「くそッ!」
大尉もらしからぬ声をあげ、拳を枯れ木へと怒りをぶつけた。怒りを堪えきれないのは大尉だけじゃない同じ釜の飯を食べていた仲間が死んだのだ。死んだ仲間の気持ちを思うと言葉では言い表せない感情に飲み込まれてしまう。特に言葉を続けていたレプソルが悲痛な思いを口にした。
「あいつは・・・アーニーは先週結婚したばっかりなんだ!アイツだけじゃないレニハンには3歳の子供と来月には新しく子供ができる予定だったんだ!くそ!くそ!なんでだよ!どうしてなんだよ!」
レプソルは激しく動揺していた。無理もない。ここに派遣される前の基地内でもアーニーの結婚を祝福したり、レニハンの子煩悩ぶりを見てきた。皆んな命を危険度を理解している。任務に行くたびに死ぬ覚悟をしている。だが、それでもだ。ーマズい、場に悪い空気が流れている。ここで変えなければこれからの活動に影響してしまう。
しかし、誰もレプソルの言葉を遮るものはいない。
「だから、貴様は死ぬな!貴様もこの任務から帰還したら結婚するんだろ?だったらお前は死ぬな!」
静けさが充満し、皆が消沈しきっていた空気に喝を入れたのは紛れもなくマルチネス大尉だった。
「いいか、私にも妻子がいる。息子は先月ハイスクールを卒業した。娘はまだハイスクールに通っていて、まだまだ手のかかる年頃だ!そんな中で死ぬなんて考えたこともない!貴様もそうだろう!」
「・・・・!」
ギリギリと歯噛みをするも、彼もこのままじゃダメなんだという気持ちがあるのだろう。だが、気持ちを切り替えなければならない。今は自分たちも危険な状況になっている。それも含めて和也も言う必要性があった。
「レプソル、気持ちは分かる。だが、今は仲間の死を悔やむよりも自分の命を守れ。いいな、これは小隊全員に関わることだ。気持ちを切り替えろ、前を見るんだ!」
何言ってんだと思う。兵士である和也が言葉にできるのはこの程度しかできないことは知っていた。そこに意味が分からず、言っている言葉は冷静な場面では意味が分からないだろう。ー俺は詩人じゃない、海兵隊だ。だが、仲間を失って黙っているほど俺は冷静じゃない。自分の"恋人"のグリップを握る力を強める。必ず見つけ出しーーーー殺す!
「大尉、負傷者の治療が終わりました。しかし、1名が骨折、自力での歩行が困難です。運ぶしかありません。有事の際の戦闘参加は不可能です」
負傷者の中には足を骨折している者や自力での歩行が可能だが、もしもの時の戦闘参加は困難な兵士もいる。現在負傷のレベルが軽度で道中敵に遭遇した場合の戦闘参加ができるものは和也を含めてマルチネス大尉とゲレロ上等兵、レプソル上等兵、ラドス伍長、クリス一等兵と衛生下士官のラースだ。ラースに至っては戦闘よりも手当てを優先させないといけない。そのため、できる限りは控えさせる必要がある。
「よし、2分で支度だ。ヘリにあるストレッチャーが無事なのを祈ろう」
ラースが墜落し、見るも無残なヘリに"ピンピンしてるはずのストレッチャー"を取りに行っている間に和也自身は目を閉じ、リラクゼーション・エクササイズを始めた。
彼は瞑想中は気持ちを整理してリラックスをするだけでなく、少し前のことを振り返ることがある。これは今後の自分が行動する上で助けになることがある。
ーーーーー墜落前ーーーーーー
機内での様子は出発前と比べればかなり落ち着いた感じだ。ある者は聖書を読み、ある者は愛する者に向けた言葉を書く者もいる。和也自身は自分の"恋人"の重心を握り、銃床を俯いて下を見つめていた。
「・・・・・・・・」
やはり俺はこうして黙って戦地へと到着するのを待つのが好きだ。遺書を書くのは自分が死ににいくようで気に入らない。聖書を読むのをなぜか好まない。ともなれば大人しくしておくという選択肢しかなくなったという訳だ。ゲレロ自身もこの空気の中では得意のジョークを控えている。"次で死ぬかもしれない"ということは否定できないからだ。
遺書を書いて愛する人の大事な言葉を記す時間、聖書を読み主の言葉で心を落ち着かせることもジョークにより集中できないことに遠慮しているからだ。ー俺としちゃ、こんな空気よりはリラックスしてジョークなんかが飛び交う基地での様子そのままのほうがいいと思うのだがこんな空気じゃそれも言えそうにない。
「一等准尉、いかかです?」
ラドス伍長がスッと差し出してきたのはガムだ。ガムを噛むと集中力と認知能力、記憶力が高まるというがそれは本当だ。MLBの試合中継を見ているとカメラがピッチャーの顔などを映した際に噛んでいる様子が分かる。無論噛んでいるのはMLBの選手ばかりではない。そういったスポーツの世界においてガムの効果が発揮されることを知っているから噛んでいるのだろう。和也自身も集中力を必要とする狙撃手だ。その効果のほどは体験済みである。
「ありがとう伍長、"2枚"いただくよ」
「"贅沢"ですね」
小声で笑いあう。多少は場の重さが和らいだと和也自身は思った。だが、戦地への経験が少ない兵士の緊張している様子は変わらない。特にブートキョンプを終えたばかりでマルチネス大尉の小隊に配属されたばかりの新兵クリス・ヴェルタ一等兵は顔を強張らせている。彼はまだ"19歳"で初の遠征任務に不安を覚えているようだ。
「死ぬのが怖いか、新米?」
クリスの顔を見たゲレロがここで出番だと思いクリスに声をかける。声の調子は基地とおなじで和也は安心した。
「はい・・・怖いですゲレロ上等兵。」
新米兵士が緊張するのも無理はないだろう。初めてのことが多すぎて自分自身の経験が全くないからだ。これはクリス以外の誰もが最初に経験したことであり他人事ではない。マルチネス大尉、ゲレロ上等兵、レプソル上等兵、ラドス伍長、それだけじゃないこの機内にいるクリスを除く皆が経験したことだ。だが、そういう緊張を解いていたのがゲレロだ。
「当然だ、ビビらねぇのは最初から頭がイカれてる"アドレナリンジャンキー"の連中だけだ、無論俺もその類だぜ?」
「おい、ゲレロ!笑えねぇぞ!」
「悪かったなこれでも一晩考えた"とっておき"のやつだぞ!」
笑えないジョークにツッコミを入れることで自然と機内から笑いが起こる。それにつられて笑っていたクリスの緊張もかなりリラックスしたようだ。
「いい顔だ、その感じなら問題ないだろう。これを口に入れて"恋人にキス"をするような感じにしておけばもっといいだろうよ」
和也がニヤリと笑いながら先ほど2枚もらったガムをポイっと向かい側のクリスに渡した。彼自身の冴えないジョークと共にセットでだ
「ありがとうございます一等准尉。"熱いハート"をぶつけてやります」
「結構いける口じゃないか新人。俺だってーーーー」
ゲレロが「俺だって負けちゃいない」という言葉を遮るように警告音が鳴り響いた。これには黙って傍観していたマルチネス大尉も「どうした!」とパイロットに叫ぶ。一瞬計器の誤作動ではないかと感じた者もいたようだが、それは嘘であると認識させられた。刹那後部に強い衝撃が走ったからだ
「テールローター破損!」
パイロットの言葉通り、機体は飛行能力を失い回転しながら失速しながら高度を急激に落としていく
「バカな!何も見えなかったぞ!」
「メーデ、メーデ、メーデ、こちらUH-1Y ヴェノム!正体不明の攻撃を受けテールローター破損!現在2-3-8上空、墜落する!」
パイロット2人も慌てながらも無線での緊急遭難信号を発信した。だが、それも熱帯雨林の真上では無駄かもしれない一瞬の恐怖を全員に襲い掛かった。
「総員、何かに捕まれ!」
マルチネス大尉が叫ぶと皆一斉に何かを掴み、座席から前へと振り出されないように踏ん張り始めた。
ーくそう、こんなに回りやがって振り払われそうだ・・・
「UH-1Y応答せよ、こちらーーーー」
ようやく応答があり、すぐ様緯度、経度、GPS情報を発信しようとパイロットが口を開こうとした刹那、もう1人のパイロット叫んだ「墜落する!」と。そして、数秒もしないうちに皆の視界が真っ暗になったーーーーー
ーーーーー現在ーーーーーー
ーそしてこうしていると言うことか、よく生き残ったな俺は
墜落という絶望的な状況から命からがら生き延びた俺は今にも行動を開始しようとしていた。他のメンバーは負傷者を運ぶ手伝いや、マンパック型無線機で連絡をしている者もいる。和也自身は武器の点検だ。墜落の影響で何か破損しているものがあるかもしれない。それらを見つけておかねば有事の際に自分を守れなくなる
「こいつは無事だが、92Fが・・・フレームが曲がってる。これはもうダメだな」
腰のホルスターにある92Fを引き抜いてみると曲がっているのが目に見えて分かった。すると墜落の衝撃で何かにぶつけて曲がってしまったようだ。それほどの衝撃を受けたということだ。残念だが、この銃はパーツ交換どころ話じゃない。ジャンク品になってしまったのだ。
「大尉、92Fがやられました。マガジンを使ってください」
和也は同じ92Fを使っているマルチネス大尉にマガジンを3本渡した。他の隊員はMEUピストルやMk.23を愛用しているためマガジンを使えるのは大尉だけであった
「君はどうするんだ?それでは君の物がない」
確かにメインだけでは難しい。サブを失っている状態では和也自身の戦力としては半減していると言っても過言ではなかった。
「死んだ同士より救いを求めます」
当然だが、それしかなかった。死んだ仲間のところへ行き、和也は十字を切ってからホルスターから銃とマガジンを抜き取った。幸いこのMk.23は無事であり、発泡までの一連の動作もスムーズであった。そして、傷がないマガジンを2本引き抜き、他の隊員の分も合わせて6本のマガジンを手に入れた。92F用のマガジンポーチに入れ、入りきらないマガジンは1つ開けてある大型凡庸ポーチへと入れる
「こんな所で・・・悔しかったろうな・・・」
和也は彼らの思いを口にした。だが、それは悲しみに耽るためではない。
「必ず、この銃弾を敵に打ち込んでやる!」
ガチャリとMk.23のスライドを引き、マガジン内の弾丸を装填した。そして、ホルスターにしまった後再度和也は十字を切った。
「大尉、現在の場所では空からの救援は木々が多い茂っており、降下が難しいため無理とのことです。代わりに東へ10km地点の川で救助艇を待機させるとのこと、以上です」
無線で連絡を取っていたクリスがマルチネス大尉に報告をする。
「分かった、くそうこればかりは自然を憎まざるを得ない」
上を見なっかたからほとんどは気づかなかったことだ。木々が多い茂り過ぎて救助にきた隊員が降下が難しいのだ。負傷者を上げるとなるとやはり危険が高い。そこで川からの救助艇による救出になったのだがそれは現在地点から10kmの地点だ。本来ならどうってことはない道だが、負傷者やヘリを撃墜させたヤツなど様々な危険が潜伏しているこの熱帯雨林の移動はかなり危険であった。だが、行くしか方法はない。大尉の「出発だ、急ごう」の合図で負傷者を運びながらの危険な移動が始まった。
「どうしたレプソル?」
和也がラドスの後ろを歩いていたレプソルがじっと移動する方向の左側を凝視していたため声をかけた。それに気づいたマルチネス大尉が「何かいるのか?」と言った。
「いえ、一瞬人影が見えたのですが再度確認した所気のせいのようです。」
和也やゲレロもスコープ等で確認をしたが人影が見えなかった。大尉もそれ以上の詮索をしなかったため再び大尉達は救出ポイントを目指して移動を再開した
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黒いフードの女はひどく呆れているようにも見えた。女の前には数人の死んだ武装兵士の姿があった。周りに弾丸が散らばっている所から交戦になったのだろう。だが、男の呆れている理由は違った
「情けない、こちらは一切の飛び道具を使っていないのだ。もっと、私を楽しませろ?」
足でグイグイと踏みつけるも屍体は何も語らない。彼女の手にしていたのはマチェットほどの大きさの刃物だけだ。だが、の刃にはこの地球上では絶対にみることのない文字で刻印されていた。
黒いフードの男は後ろを振り返った。そこには誰もいない。生き物の鳴き声すら聞こえない静寂な空間がそこにはあった。「ああ、来るか?来いよ、運があるんだ。そうでなくちゃダメよね?」
まるでその方向から誰かが来ることを予見しているみたいにブツブツと楽しそうに独り言を言い放つ。刃物を上空へと掲げて黒いフードの女はこう言った。
「正義の代弁者には"鞭"を。偽善者には"毒"を。神の使いに"死"を。我がウルカステルの使者に救いを。我、汝の教えを遂行する者なり」
その言葉の意味と真意を知るものはこの場において黒いフードの女1人だけである。彼女が何者であるのか、それを含めた様々な疑問を問う者知る者は誰もいない。
「いたぞ!アイツだ!」
「よくもやりやがったな!」
茂みからAKで武装した男達が現れた。どうやら死んでいる者達の仲間のようである。だが、黒いフードの女は全く気にもとめず武装した男達に語り始めた
「汚れた世界を救うためにはどうすればいい?神に祈り許しを得るか?いいや違う。汚れた世界は汚れさせなければならない。光があれば闇がある。そう、混沌の時代が訪れる。英雄は必要ない。可能性などない。なぜならーーーー」
「訳分かんねぇこと言ってるんじゃねぇ!」
「殺せ!」
AK撃ち始めた時、黒いフードの女はそこにはいなかった。そして彼らが気づいた時は既におそかった。黒いフードの女は真後ろから刃を振り下ろした
「ーーーーー私は"可能性を殺す者"だからだ」
その後、男達の悲鳴と銃声は数秒で鳴り止んだ。
ーーーーー1章:可能性を殺しに来た者 前編(完)ーーーーー
ようやく1話が完成しました。序章とは空気が一変し、シリアスな場面が連続したかと思います。もうしばらく私の頭の中にある話ではシリアスな展開が続く予定です。
視点の描き方は2通りの視点で描いています。
「ー」で始まる視点はキャラクターの視点のなりますのであらかじめここで説明書きをしておきます。
話の展開がわからない場合、誤字脱字は質問していただければネタバレにならない程度の回答ならびに訂正をしたいと思っておりますのでよろしくお願いします
では、次回に続きます。
皆様のご意見ならびにご感想、要望等がありましたら是非メッセージ等でお知らせください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。