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音が止む前に  作者: Akk
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Parental Affection Station 1

 轟々と風が通るプラットフォームに、私は一人佇んでいます。周りに人などどこにもいなく、ただただまだ寒気の残る三月の寂しい風の音だけが耳に残って、私の心の隙間をも塞ぐような気がしています。


 そして、何故だかはわかりませんが、私はいつ来るとも知らない電車を孤独の中で待っているのでした。


 こうして静かに待っていると、なんだか息子二人で出掛けたときの電車を思い出すのです。まだ幼かった息子は初めて乗る電車にひどく興奮したようで、ずっと飽きもせずに窓の外をのぞいておりました。


 そういえば、息子はどうしたのでしょう?寂しがりやな子でしたから、きっと今も私の帰りを待っていることだと思います。夕飯はどうしましょう。あの子の好きなハンバーグでも作りましょうか。きっと、喜んでくれることでしょう。


 そう考えておりますと、タイミングを見計らったかのように電車の近づく音が風と共に響いてきました。


 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン…


「ガタン、ゴトン……」


 私も思わず口にしますが、それでもやっぱり頭に浮かぶのは息子の無垢な笑顔でした。


 電車はきれいにドアの所を私の目の前にして止まります。そして、プシュウ…、という間抜けた音でドアが開き、私はハイヒールを鳴らして歩き出し、車両の中に入りました。


 中には人が乗っている様子もなく、がらんとしていて独りをやけに強調するかのような静寂が車両の中に立ち込めていました。


 私は長いいすの中間辺りに座り、手提げのバックを膝に乗せます。


 電車はドアを閉め、進み始めました。その反動で、私の体は進行方向とは逆の方へ一瞬小さく傾きました。


 窓の外へ視線を移すと、電車にしてはなかなか高い位置を走り出しているおかけで街を少し上の方から見下ろすことができました。ホームにいたときは気にもとめていませんでしたが、こうして街を見ると、随分日が落ちてあたりは暗闇に浸かり、おそらく、この季節から考えて七時はとうに過ぎていると推察しました。


 暗闇の中で光が点々と灯っていて、それらはすべて人の営みであり、街の命のような気がします。その灯がすべて消えたときが街の終わり…、そんなことには、決してなりはしないのですが。それでも、光というものは誰の心にも暖かさを与えてくれます。そのせいか、私は無意識のうちに溜め息をついていました。


「綺麗だろ」


 不意に聞こえた少年の声。私はぱっと正面に顔を移します。


 そこには、ジーンズにパーカーというラフな格好の、とうに十六は越えているであろう少年が足を組ながら、座っていました。


「みんないうんだ。“綺麗”ってね」


 少年は微笑むと先ほどの私のように窓から街を見下ろし始めます。


「み、みんな?」


「うん、みんな。俺がここで出会った人たち。でもね、綺麗なんかじゃない、むしろ醜いものだと嘲笑した人もいたよ。人の価値観って、物凄く分かりにくく、それでいてとても分かりやすいよね」


「あなた、何がいいたいの?」


 少年は私の方に顔を映して白い歯を見せながら笑います。


「まあ、そんなことよりも、だ」


 少年は立ち上がり、私の方へ向かって歩き始めます。私は驚いてしまい、少年の姿を顔で追います。そして少年は私の前で止まり、私の顔を見下ろしながら一言。


「あんた、何を残して来たの?」


「……は?」


 私が戸惑いの表情を見せると、少年は呆気にとられたような顔を見せます。


「え、もしかして分かってない?」


「わ、分かるも何もあなたの仰っていることが分かりませんが……」


「成る程、そっちか……」


 少年は若干肩を落とし、元の席に着きます。そして、大きく深呼吸をして私をまっすぐ見つめると口を開きました。


「じゃあ僕が思い出させてあげるよ」


「ちょ、ちょっと待ってください!どういうつもりか分かりませんが、私にはあなたとお話しすることは何もありません!」


「確かに、僕と話す必要はない。でもね、これは後々思い出さなきゃいけないことなんだ。幸い時間もたっぷりあることだ」


 私の心は突然現れたこの少年にかき乱され、なにが何なのかまるで分からなくなっており、小規模なパニックを起こしていました。


「時間がたっぷりある…?私には帰りを待つ息子がいるんです!ほっといてください!」


「息子さんのことはまずはちょっと置いておいてくれるかな?あなたの記憶が戻らないことには話が進まないからさ」


「あなたさっきからなんなんですか!何を残してきたとか変なこと聞くし、息子のことを置いておけ?私には息子が最も大事なんです!私に関わらないでください!」


 かっとなって出た言葉が今ふと我に返った自分が思い出して、自己嫌悪に陥ってしまい、大きくため息をついてしまいました。


「……はぁ。ごめんなさい。あなたみたいな若い人にかっとなって怒鳴ってしまって……」


「いいよ。全然気にしてないし。それに、こんなことで落ち込んでたんなら、この日まで続けてないから」


 それから少年は少し申し訳無さそうに頭を掻いて言葉を続けます。


「明らかに納得してない人に話を強行した俺が悪かったんだ。だから、少し趣向を変えようか」


「し、趣向?」


「そ。ウミガメのスープ、っていうゲーム知ってる?」


 ウミガメのスープ、と口の中で少年の言葉を反復しましたが、私の中に思い起こされるものはなく、静かに首を降りました。


「あそ。じゃあ説明するよ。まずはそのゲームについてだけど、出題者が謎多き問題文となる物語を言い、その真実を当てるっていうゲームだ」


「謎…」


「問題文だけを聞いた時点では、その裏に潜む真実にたどり着くことは困難だ。だからそのために、回答者はYES/NOで答えられる質問を出題者へ投げかけ、それを元にして答えを当てていくんだ」


 分かってくれた?とでも言いたそうに少年は私の顔を見て小さく首を傾げた。


「ええ、理解はしました。それが、どう“趣向”に結び付くんですか?」


「僕がこれからあなたに質問をする」


 少年の続く言葉が、容易に想像することができました。ですので、私は彼の言葉を聞かずに、彼の言葉を奪うような形で言いました。


「その質問はYES/NOで答えるということなんでしょう?」


「うん、そうだよ。でも、僕が質問するのは20回までにする。それまでにあなたが思い出さなければ、俺はもう何も聞かない」


「…いいえ。何度お聞きになっても結構です」


 私の突然の心変わりに少年はとても驚いたように目を開きました。


「代わりに、あなたのことも教えてくださらない?」


 私の興味は何故だか目の前の少年に向いていました。彼がいうことには、私は記憶を失っているというのにも関わらず。


「……構わないけど…」


 少年はにっこりと笑って続けました。


「僕はあなた以上に自分のことを知らないよ」


 その言葉の裏、私は彼の心の中にある何か黒々としたものを感じ取り、何か言葉を発するでもなく静かに俯きました。

 それはきっと、くだらない興味で踏み越えるべき一線ではなかった筈なのでした。

少年に名前はありません。

そして、少年の一人称が安定しないことは決して忘れてた訳ではなく、わざとこうしています。

この話はSPIRITSとは違い、丁寧に書いていく予定なので、更新についてはSPIRITSほど早くは投稿せずにかなり不定期になる予定となっています。

もしよろしければ更新を待ってくださると嬉しいです。

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