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daynight  作者: 泉樹
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御縁比べ その七

 視界が黒い。どこまでも黒い。“添影”からあふれだした影達に囲まれているのか、血が足りなくて霞んでいるのか。死が刻々と近づいているのに、頭はそんな的外れなことを考えていた。


 耳は笑い声と刃の鳴る高い金属音が一番大きい。あとは精々死ねとか潰れろ程度の、意味をなさない叫び声で占められており、時たま一際高い金属音が混じる。恐らく使用者が危機的状況に陥ったために緊急起動した“浮空六花”が、暴走した“添影”の攻勢に耐え切れず砕ける音だろう。この守りも長くは保たない。


 抜け出さないといけない。けど眠い。ダルい。起き上がる気になれない。瞼を閉じていないはずなのに、視界がどんどん暗くなる。音が遠くなる。


 これが、死。


 経験自体は何度かある。だが最悪の場合でも常世が戦闘不能と判断した場合は回収してくれていた。完全に孤立無援の状態で陥るのは初めてだった。


 立て直せるだろうか?


 考えるまでもない。無理だ。


 内臓損傷に下半身不随。立てなければ戦えない。這いずることはできるが、移動している間に“浮空六花”を破壊しつくした“添影”に殺されるか、その二つをかいくぐった狐坊主にとどめを刺されるか、その前に力尽きるかのどれかだろう。


 これで終わりか。


 殺して、殺して、殺されて終わりか。


 デルニエも中途半端な不死を背負って永遠の痛みを伴いながら殺され、高橋も狐の玩具にされて。誰も助けられずに殺されて終わりか。いや、そもそも何で助けようとしたんだっけ? デルニエも殺しっ放しで、高橋も見捨てればよかったのに。


 ……ああ、そうだ。


 誰かに覚えていてほしかったからだ。


誰かの生命を終わらせてばかりでは、自分が死んだ時、誰にも自分のことを知らなかったら、それは最初から存在しなかったのと同じことになる。常世はどうせすぐに忘れるだろう。俺はこの世界を生きたという証が欲しい。だがこのままじゃ皆死んで、すぐに俺はこの世界にいなかったことにされる。


 それでいいのか?


「いいわけないだろ……!」


 拳を握る。握りしめる。爪が手のひらを破って血と痛みが生まれても握り続ける。全身の痛みに全神経を集中させ、意識を繋ぐ。


手は動く。まだやれることはある。


俺はポケットに手を突っ込み、手鏡を取り出した。折り畳みの持ち運びに適したサイズ。


 頭上から“浮空六花”の欠片がぱらぱら降ってくる。叫び声が一層大きくなる。うるさい。黙ってろ。喰われてまでしゃしゃり出てくるな。うるさいうるさいうるさい――


「うるせぇ黙ってろこのクソっカス共がぁ!」


 叫び声が止む。目にも耳にも静寂が戻ってくる。ただ、元の景色はない。目の前の景色は荒野。地上のものは全て消え失せ、地面すら何メートルも削り取られている。“浮空六花”が守りぬいた俺の周囲だけが元の形と高さを残し、結果的に陸の孤島となっていた。


 腕力だけで上半身を持ち上げ、視点を限界まで上げる。“添影”の暴走に巻き込まれて死んでいればいい。だがもし生きていれば、この好機を逃すはずがない。相手の死体を確認するまで、この戦いは終わらない。


「うぅ」


 背後でうめき声。だが首だけでは振り向けない。手鏡を使って背後を確認する。


吊るされていた提灯も屋台の灯も全て消し飛んでいるため、暗くて確認することは出来なかった。


 代わりに視界の端に入ったのは、首元に迫る刃の淡い光。


 鏡に視線を送っていたため、反応が一瞬遅れた。致命的な一瞬。


 間に合え。


「“現鏡うつつかがみ”」


 交差する刃。金属音。首を断つ冷たい感触。


 頸動脈から血が吹き出す。あれだけ流したのにどこにそんな量があったのだろう。血と一緒に力も抜け、上半身すら維持できなくなった俺は倒れた勢いでクレーターへと落ちた。斜面を転げ、底に仰向けで投げ出される。血が器官に入って咳き込む。どうやら首自体は繋がっているようだった。


 クレーターの底から見える景色は限られている。


黒い土の小山。


空にはぽつりぽつりと一等星。


 もう一人の俺。


 頭からつま先まで全く同じ。ただ一つの違いはダメージを一切受けていない、戦闘前の俺であること。


 “現鏡うつつかがみ”。


 俺には生まれつき、影もないし鏡像もない。それはこの地上に以下略。なので以下略。常世に人造の鏡像を以下略。


 そして常世は以下略。


 それが今俺を見下ろしているもう一人の俺。一定時間経つと消滅してしまうが、万全の状態の俺を呼び出せる。分身の活動時間は俺の心身の状態で大きく変わる。基本装備は特に何の特殊能力も持たない至って普通の刀と量産可能な“連理”のみ。残りは俺と共有している。


 難点は顕現けんげんに鏡が必要なこと、一度出すと戻せない上に自然消滅し、常世に入れ直してもらうまで使えないので一回きりであること、持続時間が不安定なため使いづらいこと。


「ボロッボロだな、お前」


 こいつはこいつで自我を持っていること。


「俺が本体の方が良かったんじゃね?」


 おまけにこの自我、かなり憎たらしい。俺は本当に他人から見たらこんな性格なのか?


 うるせぇさっさと消えろよ、と返そうにも喉のダメージが深刻で声が出ない。


「本当に死にそうだなお前。ほらよ、確認しな」


 “現鏡”はクレーターの底に何かを放り投げた。目で捉えたシルエットから、動物だと分かる。だが明らかに何かが足りない。動物は俺のすぐ左横に落ちた。首をごろりと横に向ける。尖った顔に大きな耳、全身を覆う体毛。


「尻尾の数は七本。姫直属の精鋭部隊、だっけか。ま、一応サシで殺したんだから誇っていいんじゃねぇの?」


 続いて空から歪な形のブラシが降ってくる。


「死ぬなよ。まだあきらめはついてねぇんだろ?」


 落ちてきた尻尾に視界を覆い隠される。声はもう来ない。恐らく消滅したのだろう。死体も確認した。あの坊主の姿はやはり化けている状態だったらしい。

 勝った。


 そう思ったとたん、ずぶりと意識が鈍くなった。体のダメージを根性論では騙し切れなくなる。眠気がぶり返す。今度こそ目を閉じてしまいそうだったが、同時に襲いだした腹痛に眉をしかめた。


 腹が減った。胃を貫かれた時に粗方吐いてしまったからだ。


 何か、何か食べないと。


「…………」


 ああ。


 なんだ。


 目の前にあるじゃないか。

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