御縁比べ その四
じきに日付が変わるというのに、祭りを楽しむ人の数には対して変化がない。ただ年齢層はがらりと変わった。具体的には補導対象となる学生服は姿を消し、大学生らしき私服の若者やスーツ姿のサラリーマンが大勢を占めている。そんな中、ブレザー姿の高橋や周りよりも際立って若い常世は浮いている。俺もさっきまでブレザーだったが、今は戦闘用の服装に着替えていた。
戦闘用、といっても鎧とかのあからさまな職質ものの服装ではない。蹴りつければ人を殺せそうなほど底の厚いロングブーツとそれに合うカーゴパンツ。上は黒いシャツにワッペンやダメージでパンク気味に改造されたアーミージャケット。シャツの下にもタンクトップの裾をパンツに入れているので、激しく動いても肌が見えることはほとんどない。だがとにかく肌が見えないようにしているので少し暑い。間宵が近づいて涼しくなっているとはいえ、六月にする服装ではない。
ちなみにこれら一式は全て常世の手作りだ。手作りといっても恐らくせっせと縫ったわけではないだろうが、とにかくこの服は素材の強度を最も引き出す縫い方をされているらしい。言いだしっぺが妖術の類を使うわけにはいかないからという常世の苦肉の策だ。相当無茶な受け方をしない限り生半可な斬撃ぐらいではほつれ一つ起こさないそうだ。その割には特別動きづらさもない。糸すげぇと思ったが、それだけ糸に無理な負担がかかっているということなので、保険程度にとどめておくのが無難だろう。
一行は勝手知ったるといった風の常世を先頭に、神社の境内へと入っていく。
戦場は日枝神社境内全域ということだが、境内は所狭しと屋台が並び、人がひしめいている。きらびやかな灯りと、テープで流される安っぽい祭囃子。どこからともなく聞こえてくる、嗄れ声のお化け屋敷へと誘う宣伝文句。
どこに戦うような空間があるんだ? 空中戦か?
そう訝しがる俺をよそに、常世は境内左手に隣接している普段は駐車場として利用されている空間へと進んでいく。少しずつ嗄れ声が近づいてくる。屋台の一部なのか、五メートルは確実にありそうな、童話に出てくるようなデフォルメされた狐のバルーンが木々の間から顔を出す。
お化け屋敷の全貌が見えた。入口らしきところでは料金表が掲げられていて、中学生以上は四百円。数人の老人が入り口で店番をしている。その前には老婆がスピーカー片手に座っており、境内に流れていた宣伝文句をアドリブを織り交ぜながら途切れることなく語り続けている。更にその前には、不思議な吸引力のある宣伝に惹かれたのか、十二時前だというのに十組程のカップルが行列を作っている。
「僕、行列って苦手なんだよね」
そう言いながらも常世は行列の最後尾に加わってしまった。
「おい常世」
振り返る常世の目は「わかるでしょ?」と語っていた。
はいはい並びますよ。
高橋も不思議そうな顔をしながらも俺の後ろに付く。
「…………」
「…………」
「…………」
一列になると話しにくいのか、誰も口を開かないので、俺はお化け屋敷の様子を観察していた。
骨組みは恐らくテント数脚、それにブルーシートやベニヤ板で補強や遮光をしているのだろう。外周にはお化け屋敷らしく妖怪の置物が多数配置されているが、中にはいくつか場違いな物も混じっている。特に幼児向けのヒーローのソフトビニールフィギュアは著作権的にマズいのではなかろうか。
「……赤川君」
沈黙が気まずくなってきたのか、後ろから話しかけられた。
「ん?」
「さっき聞きそびれたんだけどね。……赤川君達って、その、何なの?」
今来たか、と俺はばりばりと頭を掻いた。時間的にも空間的にも間が悪い。
「ここじゃ詳しくは言えない。ただ、正義の味方とかじゃないってのは確かだ」
あそこのソフビのヒーローみたいに、困っている人がいたら無条件で助けるなんて出来ない。規律にがんじがらめになりながら助けを求める命を見捨てたり、何の非もない命を切り捨てたりしているのだ。そしてそれを正当化しようとしている辺り、たちが悪い。
「本来高橋も助けるつもりはなかったしな」
「でも、助けてくれたよね」
「……結果的にはな」
そのせいでこのゴタゴタに巻き込まれているわけだが。だが常世の言葉で高橋がデルニエの呪いを解く鍵となりうることが分かったのは怪我の功名だった。世の中何が起こるか分からない。
「赤川君って、優しい人なんだね」
「……果たしてそうかね」
それは俺が果たして人と呼べるのかどうかに焦点を当てたつぶやきだったが、高橋は俺は優しいのかねと言ったと捉えたらしく、「そうだよ」と続けた。
「三人かい? 千二百円だよ」
先頭の常世が振りかえる。
「粋」
「俺かよ」
「僕、キャッシュは持ち歩かない主義なんだ」
お前の場合カードも持ってないだろと愚痴りながらも、財布を取り出した。
「おや兄ちゃん、両手に華かい? ニクいねぇ」
老人の冷やかしを無視して金を払う。入場料を右手で受け取った老人は、いつの間にか左手に握られていた三つの小さなお守りを差し出した。
「じゃ、そんな兄ちゃん達に特別に、お化けに連れて行かれないようにこのお守りを貸してあげよう。他の人達には内緒だよ。お守りは出口で返してね」
受け取ったお守りを常世と高橋にも回す。
「それじゃあ三名様、ご案内!」
老人の声を背に、俺たちはテントの中へと入る。外界とを隔てる物はベニヤ板一枚のはずなのに、途端に外の喧騒が遠くなる。照明が華やかさを演出するそれから薄気味悪さを狙ったものに変わる。
「……あの爺さん、狐だな」
「え、そうなの?」と高橋。
「ああ、常世が女だと一目で見破った」
前方から踵が脛に飛んでくる。流石に糸では衝撃までは防ぎきれないらしく、鋭い激痛が走った。
「……戦闘前に機動力削ぐような真似すんなよ」
「それだけ減らず口が叩けるなら問題ないでしょ」