高揚
アレクシアはとても気分が良かった。生誕以来最大の高揚かもしれない。
自分で理論立てを行い、実行に移した不死がきちんと機能しているのだ。平常でいろという方が無理な話だろう。
赤川粋が生涯で食らった怪異数千体分の一撃さえ軽くいなしてみせたのだ。死を回避する能力は折り紙つきと言っていい。
現在その赤川粋は城の下敷きとなっている。だが自分から飛びこんだのだからまさか本当に自殺したわけではないだろう。こちらがこの瓦礫を排除する手段を持たないと、この状況を打破するための時間稼ぎ、と見るのが妥当か。
アレクシアはそれをあえて見逃した。
やれるものならやってみろという絶対の自信の表れだった。
それに他にも片づけなければいけない手合いはいるのだ。
アレクシアは瓦礫の上に降り立つ。それに反応するように、物影から現れた狐に取り囲まれる。
数はおよそ二十。赤川粋の先ほどの一撃から難を逃れた兵、つまりは臆病者たちだ。
皆一様に殺気だってはいるが、今のアレクシアにとっては取るに足らなかった。
「ごきげんよう、皆さん」
手と尻尾をふりふりと振って挨拶してみる。
「ふざけるな! 姫に何をした!」
案の定返ってきた剣幕に、アレクシアは耳をふさいで“うるさい”と抗議した。
「何をした? 姫の願いを叶えてあげてるだけよ」
アレクシアは演説のように両手を広げた。
「“狐を滅ぼしてほしい”ってお願いをね」
「なっ……!」
怒りに満ちていた狐達の空気が一転してざわめきに変わる。当然だろう。自分達の所属していた組織の頂点が、自分達の滅亡を望んでいたのだから。
「戯言を!」
「信じる信じないは好きにしたらいいわ。どうだっていいもの。
お姫様はね、自分を縛りつけたこの次元を、あなた達をずっと憎んでいたの。勝手に“天秤”と取引して、次元すら生み出せるぐらいの妖力を持っていたからって自分に犠牲になることを強要した側近たちも、そんな犠牲の上でのうのうと暮らしている民も、皆滅ぼしてしまいたかった。この先何千年もこんな奴らの為にこんな次元に縛り付けられるのなんて耐えられなかった。でもいくら妖力が強くとも、側近が束になればいくら妖力が強くとも戦闘の経験がない自分一人では、勝てるわけがなかった。
だから私と取引したの表面上は私の研究を支援する代わりに、姫の退屈を紛らわせる玩具を定期的に献上すること。
だけど本当はね、完成した不死の力でこの次元を滅ぼして、姫を自由の身にすることが目的だった。まぁ――」
アレクシアはそこで言葉をためる。
狐達に次の言葉をより深く刻みつけるために。
「姫の長寿も、不死の大事なパーツだったんだけどね」
「貴様――!」
「やめろ!」
激高し我を失った狐の一匹が仲間の制止の声を振り切り、剣を抜いて右手に握りアレクシアに跳びかかる。
落下の勢いを生かした斬り下ろし。
だがその刃はアレクシアに届く寸前で軌道を変える。そのまま振り下ろしていればいいはずなのに、狐が突如手首を返したのだ。
こきんと小気味良い乾いた音。
構造上あり得ない方向へと曲げられた手首の関節が外れる音だった。大きく内側へ曲げられた結果、その手に握られていた剣は狐の胸を横から裂く形になる。
「あ――?」
関節が外れているはずの自刃は、不自然な姿勢の一撃とは思えないほどの威力で振り抜かれ、狐は胸元から下を両断してしまった。
「――――」
言葉の代わりに血が口から噴き出される。
「汚い」
アレクシアが侮蔑のこもった目で呟くと、狐が青炎に包まれる。
胸から上も下も、断面と口から噴き出た鮮血さえも。
悲鳴を上げる間もなく狐の体は燃え尽き、後には幾許かの灰が空気中を漂うだけだった。
「――――!」
一匹の狐の犠牲は、今にも攻撃を開始しようとしていた他の狐を踏みとどまらせるのには充分なものだった。何が起こったのか誰一人理解できず、ざわめきに乗じて混乱が広がってゆく。
まるで、見えない何かに無理やり捻じ曲げられたかのような。
「お解り頂けたかしら?」
ただ一人アレクシアだけが、平然と微笑むのだった。
「物理だろうと幻術だろうと、それが私を殺そうとする限り、私には届かない。
死に方のリクエストなら受け付けるわ。どの道、全員死んでもらわないといけないもの」




