独白 その二
怪異が絡むだけでそれに関われる手合いは限られてくるのに、怪異と人間のバランスを取り持つという理念が両サイドのほとんどに受け入れられていないため、“天秤”には基本的に戦力が足りない。怪異側はまだいい。他の退魔系の組織に対して平等な姿勢を貫くので、怪異側の協力者は意外と多いからだ。本当に足りないのは人間側。
そしてそれに対する回答はとても単純明快だった。
足りないなら作ればいい。
折角作るなら色々とアッパー調整もかけたいよね。
と、当時“天秤”内でそれなりの地位にいたとある研究者はそう考え、特殊な能力を持った人間の製造を始めた。
その案の一つが、“採集者”。
専用の器官を用いて怪異の性質――魂と言い換えてもいい――を体内に保管し、状況に応じて体外に解放したり、戦闘時にはその性質を発現させそれに応じて身体を変異させる能力を持った人間。
つまりどういうことかというと、あらかじめ本人の魂以外に吸血鬼や人狼の魂を入れておく。人狼の能力が使いたくなったら人狼の魂を使って人狼になる。吸血鬼が必要なら吸血鬼になる。必要が無くなれば体外に放出し、また新しい怪異を宿せるようにする、ということらしい。
怪異を捕まえるだけならそのための装置がある。それをなぜ人間で行うかというと、人間社会に適応しながら怪異の力を扱えるという利便性、二度遭遇できるかもわからない、新種や突然変異種の怪異に不意に出くわしても対応して採集できる柔軟性があるからだ。その場合身体は採集できない可能性も生まれるが、魂さえあれば身体はどうとでもなるらしい。大事なのは形質ではなく性質、ということだ。
方向性も決まり、人造人間を造る計画は実行に移され、その第何次だかで生まれた内の一体が、俺。より正確に言うなら、最後の一体。兄弟の半分は人の形を成さず、残りの半分は産声を上げることもなく夭逝したらしい。
では唯一産声を上げた俺は果たして成功かというと、この上ない失敗作だった。
何より先ず魂を出し入れするための器官も、身体を変異させる能力も持っていない。これは常世が正常な発生のため、身体構造を人間のそれに近づけ過ぎた結果らしい。
ではどうやって怪異の魂を取り込むのか。人間の体の範疇で、外から物を取り込む手段。
食べるしかない。
だが魂という目に見えないものをつるりとやる手段はない。ならば魂を宿す身体ごと全て平らげてしまえと言わんばかりに、俺の身体は怪異を食することに適応していた。
趣味でも義務でもなんでもなく。
人間が生存本能から食物を欲するように、俺の体は怪異を定期的に求めていた。不思議なことに一度食べ出すと、自分の数十倍はある巨体すらも夢中で食べつくしてしまう。変異する能力はないが、子供が食物を摂って成長するように身体能力はわずかながら上がるらしく、それが救いだった。
では魂の取り込みは食事で行うのなら、放出は排泄で行うのかというと、そう簡単なものでもないらしい。
俺の一日当たりの排泄量は一般人とそう変わらない。
怪異の分の質量はどこかに消えてなくなっているのだ。それと関係があるのか、外科的手段を用いても怪異の魂を取り出すことは出来なかった。
その作用なのかは知らないが、覚えている最初の“食事”以来、声が聞こえるようになった。
――おい、ここから出せ。
頭の中からというより腹の底から響く声は、“食事”の度にその数を増やし、三桁に届いた辺りで数えるのをやめた。
さて、ここで突然だが、風船の中に水を入れ続けるとどうなるか?
答えは簡単、破裂する。
今の俺は、ちょうどその寸前の状態らしい。
ここ最近、体が自分の意志で動かせないどころか第三者に操られているかのように勝手に動いたり、意識が不意に遠のくことが増えたのだ。恐らく身体の中に溜まりに溜まった魂が、体と魂の主導権を奪おうと四六時中隙を窺っているのだろう。
そう遠くない未来、赤川粋は今まで自分が喰べてきた怪異達に喰い殺される。
怪異を喰べればその未来はより早く来るのに、本能と深く結び付いているために、食事を控えることもできないという詰みっぷりだ。
その時が来るのを出来るだけ遅らせるために、常世は元々は俺の影となる機能しかなかった“添影”に役割を二つ追加した。
一つ目は内面のダメージの肩代わり。体内の魂が俺の心身に与えるはずのダメージを代わりに引き受けてくれる。この能力のお陰で、日常生活で上述の症状が出ることはなくなった。
二つ目は刀剣化。刀として具現化した際に、怪異の能力を使えない俺の代わりに俺の中にいる怪異達の力を放出する力を持っている。形状はあくまで刀剣なので個々の特殊能力の使用なんて器用な真似は出来ないが、物理的な威力だけでも今では一振りで地形を変えるほどの力を持っている。使うとその間は一つ目の機能が使用できず、“添影”に流されていたダメージが自分に戻ってくるようになる。その上本来使えない魂たちを無理やり使用しているので、俺本体への負担が跳ね上がるのがデメリットだ。そのため常世は「使わないと絶対に勝てない」時以外の“添影”の使用を禁止している。
この機能のお陰で戦力が大幅に増強され格上にも勝ち目が出てきたのは事実だが、同時にある大きな代償を背負うことになった。
暴走だ。
なまじ体となる手段を与えてしまっただけに、俺の心身が窮地に陥ると、好機とばかりに魂達が“添影”を勝手に顕現させて俺を殺そうと暴れだすのだ。結果どうなるのかは昨日の“御縁較べ”の通り、“添影”を乗っ取った魂達が俺もその周囲のものも構わず破壊しつくす。今回は根性で制御することが出来たが、次も出来るかはわからない。
“添影”は影の名を冠している通り、俺の動きを寸分狂わずトレースする。影の時も、刃の時も、そして暴走している時も。
その度に、見せつけられる。
これがお前の本来の姿だと。
これがお前の罪の数だと。
その影に飲み込まれるまでは、常世は戦闘能力の低い俺のために刀を作り、支援してくれる。
その影に飲み込まれたときは、常世はそれまでに得たデータを基に、次の計画に移る。“赤川粋”という人格はすぐに消去されて終わり。
人間でもない。かといって怪異にもなれない混じり物。
昼にも夜にも溶け込めずに、ゆらゆら揺れる混じり物。




