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daynight  作者: 泉樹
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プロローグ

 長い長い廊下を、俺はひたすら走る。主の趣味なのか、中世ヨーロッパの城を彷彿させる廊下だ。床の赤いカーペットは俺の足音を吸収する。採光のためにわざと近付けているのか、窓の外から見える月は不自然なほど大きい。その光を反射し、右手に抜いたままの日本刀“落椿おちつばき”の刀身は艶やかな光を宿し、俺の偽りの影は体の動きを忠実にトレースしていた。


 扉が見えてくる。俺は足を緩めず、“落椿おちつばき”を構えた。扉が間合いに入ると同時に、俺は“落椿”を振り上げ、蝶番を破壊。左手でドアノブをつかみ、鍵ごとひっぺがす。室内に一歩踏み込み、殺風景な部屋に目を走らせ、捉えた人影に“落椿”を、


「ごめんな」


 振り下ろした。確かな手応え。俺は返り血を浴びる前に部屋を飛び出し、また扉を探して走る。

 もう何百回も繰り返した行動。


「……なぁ、常世とこよ


 その反復に嫌気がさしたところで、俺は常世に呼びかけた。


「いい加減教えてくれよ。ここはどこだ? 何が行われていた?」


 これから君にはとある場所に行ってもらう。そこにいる存在――人間怪異、全てを殲滅してきて。下された命令はそれだけで、なるべく急いでほしいからと、常世に半ば強引にこの場所に放り込まれたのだった。

 おそらく、ここは普段俺達の生きる世界とは違う。外を仰げば空一面月の地表というのはありえないし、なにより、狭い、とでも表現したらいいのだろうか、そんな不快感がずっとつきまとうのだ。そりゃあ月が空を覆い隠していれば、押しつぶされそうな気にもなるというものだが。


恐らく、この世界には城と月しかない。窓の外から飛び出したが最後、生きては帰れないだろう。


「そうだね。そろそろ教えてもいいかな」


 耳元のインカムから、女の子の声がする。異世界間でも声質までクリアに聞き取れる優れものだ。


「 “天秤”に与する研究者の権利と義務は知ってるよね?」


 知っている。

“天秤”に所属する研究者は、本来弾圧される怪異に関する研究が許可される代償として、二つの制約が課せられる。一つ目は怪異に関わる研究は“天秤”指定の施設内で行うこと。二つ目はその全ての成果を、“天秤”に開示すること。


「なるほど? 確かにまともな研究所には見えねぇな」


 “天秤”指定の研究所なら常世が直々にガサ入れすればいい。成果を開示しているなら、こんな異次元を創って研究所を隠す意味がない。

 “天秤”非認可の研究所で成果を秘匿していれば怪しい研究をしていますと自己申告しているようなものだろう。怪異の研究など、全て怪しいと言ってしまえばそれまでだが。


「またそんなバカなことを誰が?」


「アレクシア女史。君の出生にも一枚噛んでるよ。でもバカなことっていうのはいただけないね。研究者っていうのは、常に探究心とリスクを秤にかけてるんだよ。今回は探究心が勝った。それだけさ」


 常世がわずかに口調をとがらせる。

“天秤”の研究者としての義務を放棄した相手を擁護するのは、女史のことをそれなりに評価しているからかもしれない。


「悪かったよ。言い過ぎた」


 面倒だったので、一歩引いてその話を終わらせた。


「……で、何の研究をしてたのかわかるのか?」


 斬り捨てた実験体は、どれもこれといってヤバそうな雰囲気ではなかった。もちろん大半は人間ではないのだが、こんな異世界を作ってまで秘匿しておきたいようなレベルでもないのだ。


「彼女本来の研究分野は変異――――吸血鬼とか人狼とか、そんな人が人を超越する過程を研究してたのさ。だからかな。見えちゃったんだろうね、可能性ってやつが。前に一度熱弁をふるわれたよ。『不死の人間が怪異の存在を認識していれば、彼らが人間に忘れ去られ、消滅することを恐れずに済むのでは?』ってね。『そんなの僕が許すと思うかい?』って釘は刺したんだけどね」

「……ってことは、ここで研究してたのは」

「十中八九、不死の研究だろうね。正直なところ、ここまで本気でやってるとは思わなかったけど」

「……不死、ねぇ……」


 俺は人間が追い求めるもののワンパターンさにあきれた。人間って生き物はどうしてこう、不滅の存在ってものに憧れるのだろうか。


「あれ、興味ない? 君なら食いつくだろうと思って、この任務を持ってきたんだけどね」

「……どういう意味だよ」

「質問で返すのは認めたくないからかな? 君の精神はもう限界に近いってこと」


 常世のせせら笑うような問いかけに、俺は奥歯を噛みしめる。

なにか怒鳴り返してやろうと思ったが、そんな衝動と走る体にブレーキをかける。突き当りに出くわしたからだ。


 そこにあったのは他の扉とは趣の違う、両開きの二枚扉。


「この扉でラストか……?」

「ぽいね。他の実験体も復活する気配はない。女史も多分逃げた。実験が成功した気配はない。ん、お疲れさん。ラストを処分したら脱出用の抜け道を用意するよ」

「そりゃあありがたいね。残りわずかな命の俺を、きちんと出してくれるとは」


 そう軽口をたたいて、俺は“落椿”で両側の蝶番を切断した。重力とわざと与えた衝撃に従って扉が倒れるのを待ってから、俺は最後の部屋へと踏み入った。


 扉が両開きなだけあって、他の部屋より少し広い。とはいっても調度品は質素だった。


天井のランプに明かりはついていない。正面の窓からは真逆の方角のはずの満月が顔をのぞかせている。他に調度品といえば、棚とベッド、あとは棚の上にはどうにも場違いに思えるブラウン管テレビ。電源が入っているが、映っているのは砂嵐だった。


 その砂嵐をじっと見つめている女の子が、ベッドに腰掛けている。


ビジュアル系なのかゴスロリなのか、その辺の境は俺にはよく判らないが、とにかく黒と白の入り混じる布地のドレスと革靴。長めのワンレングスは砂嵐と月の光を白く返している。こっちを向いてはいないが、多分瞳もドレスに合わせて色を落とされているだろう。人工的に造られた人間であれば、髪の色も眼の色も顔もスリーサイズも自由にいじれる。


「全部見てたわ」


 女の子の顔がこっちを向いた。瞳の色は予想通りの赤。パターン化された美しい顔と声。


 いつの間にかテレビは砂嵐を垂れ流すのをやめ、どこかの部屋を映し出していた。両開きの扉があった空間と、その向かいにある窓、その両側から月の光が差し込む、矛盾した空間。両側からの光は俺の偽の影と女の子のシルエットを切り出していた。


「私も殺すの?」


 テレビの中の女の子が言った。


「……話が早くて助かるよ」


 俺は“落椿”を中段に構える。


「恨んでくれていいぜ。呪ってくれてもいい」


 女の子は静かに目を閉じた。俺はなるべく女の子を苦しめないように首を斬った。


 その手応えがあまりにも異様過ぎて、俺はその場から飛びのいた。


 斬った。確かに首を斬った。刃が肉も骨も神経も分断する感触は手に残っている。一対一の戦いであれば勝利を確信していいはずだ。


 なのになんでだ?


 なんで構えを解けない? 全身の細胞が“まだ終わってない”と叫んでる?


 なんで俺はまだ、目の前の女の子がまだ生きていると思っている?


「痛いわ」


 声がする。


「痛い痛い、ああ痛い。痛くて死んでしまいそう」


 女の子の首は寸分違わず胴の上に乗っている。だが分断されている証拠として、首の真ん中あたりからぽつりぽつりと、赤い点が生まれ、やがてつながりあって線になっていく。


「恨んでもいいのよね? 呪ってもいいのよね? 存分にそうさせてもらうわ。でも、その前に」


 緩やかに、だが確実に増えていく血は線を保てなくなり、滴っていく。


「手を貸してくださる? 一人で動くと、首が落ちてしまいそう」


 白黒のドレスと赤の首飾りを身につけた女の子は、まるでダンスに誘うかのように、右手をこっちに向けて差し出したのだった。

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