4.ネコ彼女、物忘れを欲す
「だーりんがお弁当忘れていかないのが不満」
今日もまた、イハが頭の痛いことを言い出した。
「イハ、忘れることが不満ならまだしも、忘れないことを不満に思わないでください」
というか、
「そもそも、僕はイハにお弁当を頼んだことはないですよね?」
「ない」
「どうしろっていうんですか?」
「頼んだ上で忘れて」
頭が痛いです。
「イハさん。僕は並の人間なので、説明を省略されるとわかりません。説明を求められたら、一歩前のところからちゃんと順序立てて説明をしてください」
「ん」
こくん、とイハは頷いた。
「だーりんがお弁当を忘れていかないのが不満だから、お弁当を頼んで」
「おいそこの天才、だからもう一歩戻れって言ってんだろ」
ああ、頭が痛い。
「お弁当を届けに行きたいの」
「……なるほど、そういうことですか」
要するに、ベタなイベントをやりたいというわけですね。
「イハちゃんは良妻だからお弁当を作ってあげるのに、だーりんは学食ばっかり」
「サークル仲間との交流時間です。良妻なら見逃してください」
「うにゅー……」
不満げに鳴いたって知りませんよ。
「あ」
イハが何かに気付いた声を上げた。
「サークルにオンナは居るの?」
「それはまあ居ますね。文化系のサークルですから」
「だーりんが、夢の二股を堂々と宣言したの」
「おいそこの大天才、どこからどういう回路を繋げてきてその結論に達したか説明してみろ」
「だーりんが、『サークルにオンナが居る』と」
「『オンナ』ってそういう意味ですか。違いますよ、二股なんかしていません」
「ハーレム宣言?」
「違います。僕はそんなにモテません」
「そうなの?」
「あいにくと。僕を好くのはよほどの物好きくらいですから、安心してください」
「うにゅー……」
今度は何が不満なんですか。
「だーりんがモテないのはおかしいの」
「気持ちはうれしいですが、そういうものですよ。贔屓目を見てしまうだけです」
「違うの。だーりんの良さは付き合ううちに少しずつわかる。噛み締めるほどに微妙にわかってくるスルメ系男子」
例によって表情はまったく変わらない。
なのに、どうして彼女はこうも表情豊かなのか。
「そうですか、うれしいです」
ぽんぽん、とイハの頭を撫でた。
本当に、このモテない男には不釣り合いな良妻ですよ、あなたは。
「だーりんはスルメ呼ばわりを喜ぶ……と」
「おいそこの超天才、今何をメモした正直に白状しろ」