2.ネコ彼女、外食を所望す
最初の日曜日の昼下がり。
「おいそこの自称良妻」
「うにゅ?」
呼ばれてイハは、首を傾げる。
「ですから『うにゅ』じゃありません。『うにゅ』じゃ」
「私、愛があっても、もうじきハタチになっちゃう男性が『うにゅ』なんて言い出すとさすがにつらいの」
「おい『つらい』はやめろ、『つらい』は。無駄に流れる涙が大地を潤すぞ」
「それでどうしたの? だーりん」
「ダーリンもやめなさいって……それはともかく、イハさん、これはなんですか?」
僕が指し示すのは、空っぽの皿。
「イハちゃん、外食に行きたいの」
「貧乏学生舐めんな」
なお、ここまでイハの表情は一貫して動いていない。『うにゅ』のときも微動だにしない無表情。
「イハ、あなた言いましたよね? 炊事洗濯掃除は一通り習ってきたと」
「良妻ですから」
「三日でレパートリーが尽きて、挙句に外食を求めてきたのはどういう了見ですか?」
「私、あなたの引越しを知ってから慌てて炊事を習ったの」
「あー……」
そうと言われると返しにくい。
「わかりました……。今日は僕が作るので、教本を買ってきて少しずつ覚えてください」
「イヤ」
……。
「おいそこの自称良妻」
「うにゅ?」
「ツッコまんぞ」
「私、愛があっても、もうじきハタチにもなるんだろう男性がツッコミもくれないなんてさすがに悲しいの」
「あのですね、イハ。僕は三日で尽きるレパートリーで我慢できるほど偏食家ではありません」
「知ってるの」
「そして、ずっと炊事をするのもお断りです。『家事は女性の仕事』と言うわけではないですが、せめて分担できる程度にはレパートリーを増やしてください」
それもできないとは言わないだろうと思いきや、イハは首を左右に振る。
「そうではないの。今日は日曜日なの」
「? ええ、そうですね」
「天候にも恵まれててあったかい。私、こんな日にはデートがしたいの」
「なるほど。だから、外食というわけですか」
「……だーりんは、イヤ?」
と、見上げるその顔は、少しばかり。ほんの少しばかりですが、そろそろと探るような雰囲気をにじませていました。
その様子に、僕はふっと表情を緩ませて。
「イハ。僕と一緒に夕食を作りませんか?」
ぱちぱち、とイハは目を瞬く。
らしからぬ驚いた様子のイハに、また頬が緩む。
「まずは、買い物デートと洒落込みたい気分でしてね。イハはイヤですか?」
「……私は、あなたと一緒に居るためにここまで追いかけてきたの。あなたと一緒に居られる以上の幸せなんて、ない」
……まったく、この娘は。
頭を撫でると、くせっ毛を伸ばすよう頭を擦り付けてくる。
多分、僕もイハと居られることは幸せなのだろうと思います。
「だから、だーりんが裸エプロンマイスターでも対処できる自信はあるの」
「おい待てそこの自称良妻」
「準備は整ってるの」
「なんですぐ出てくるんですか、それが! 普段エプロン着けないのに!」
「え、だーりんは全裸派?」
「違います違いますそうじゃなくて」
と、思わずイハの手首を掴んでいた。
「だーりん、大胆かつお日様が見ているけどそんなだーりんも嫌いじゃないイハちゃんは割とえらい子だと思うの」
「いや、そんな僕は嫌っちまえよ。僕だってイヤだわ」
「食べやすいよう包装をはがすからちょっと待ってね」
「食べるとか包装とか言うんじゃありません」
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