1.ネコ彼女、家に住み着く
大学というものがあります。
なぜか四年ほど遊んでいるだけで、就職が楽になり給料が高くなる謎の施設です。
そんな便利施設、通わない手はない。ということで、僕も進学を希望しました。ほどほどの勉強でもって名の知れた大学に現役合格できたのは幸運だったと言えましょう。
さらに、もう大学生なのだからと一人暮らしを決意。身の回りの最低限くらいはどうにかなることを確認して家を出ました。
学費も家賃も親から出ているのだし一人前には程遠いのですが、それでも少々オトナになったような気がしたものです。
なので、
「やっほう、イハちゃん来ちゃいましたよ」
ご近所さんへの挨拶前に、いきなり出鼻をくじかれた僕の気持ちも少々は察してもらいたいです。
「……何をやってるのですか、あなたは」
「うにゅ?」
と一声鳴いて、首を傾げるイハ。長い髪が一緒になってさらっと流れる。
「『うにゅ』じゃないですよ『うにゅ』じゃ。何語ですかそれは」
「私、愛があっても、もうじきハタチにもなろう男性が『うにゅ』とか言い出すとさすがに引くの」
「先に言ったのはあなたでしょうに」
ああ、頭痛い。
「でも、私は良妻だから少々の欠点は目を瞑るよ? 彼氏が重度のロリコンでも理解に努めるつもり」
「おいそこの高校生彼女、僕が一瞬でも重度のロリコンだったような誤解を招く言動はやめなさい」
「けど、私のちっちゃい肢体大好きだよね?」
「『体』と言いなさいな『体』と。イハぐらいの背丈でそんなこと言い出したら、全国の低身長に悩む女性が怒りますよ」
と、そんなイハの身長は一四五センチ程度。ギリギリかもしれないけれど、セーフ側のギリギリだと思っています。
「じゃ、そういうわけで。私の着替えは郵送されて来るの」
いつの間にやら玄関を乗り越え、僕の城に上がりこんでいたイハがそんなことをのたまう。
「来るのじゃありませんよ、来るのじゃ」
「うにゅ?」
と、また一声鳴いた。
「家の方が心配するでしょう?」
「『反対するなら縁を切る』って言ったら許してくれたの」
「はぁ……あの人たちは……」
目頭を押さえてため息を吐く。
目に浮かぶ。あの娘と妹に甘い方々が、その一言に顔面を蒼白にしてうろたえた姿がこれでもかというほど鮮明に。
「まさか、住処もないお金もない彼女を追い出したりしないよね?」
「お金は僕にだってありません。それに、住処なら実家に戻ればいいでしょうに」
「それはイヤ。私はあなたと同棲したいの」
「ワンルームマンションは大勢で住めるようにできてませんよ。僕だってプライベートな空間と時間くらいほしいんです。たとえ、彼女が相手であっても」
理解を促すため、努めて冷静に言葉を紡ぐ。
イハはどうにも表情が読み取りにくいので、こういうときに困ります。
「大丈夫。私、制服の予備は多めに用意したから」
「……念のために聞きますが、それがどうして大丈夫という答えにつながるんですか?」
「あなたがプライベートな空間と時間を使ってすることは、私に吐き出せばいいの。コスプレじゃない現役女子高生だよ?」
くい、と首を傾げてみせるイハ。
表情はさっぱり変わらないのだが、無性に可愛らしい。詐欺ですよこんなの。
「あと私、炊事洗濯掃除は一通り習ってきたの」
「準備が良いですね」
「良妻ですから」
ずるい。
「はぁ……わかってます? 僕だって男です。彼女の前では格好付けてるだけなんですからね」
「大丈夫。素のあなたを愛したいから来たの」
ああもう、どうしてこの娘はそういうことを眉根すら動かさずに言えるのか。
「わかりました。イハの好きにしてください……」
「やっぱり制服プレイは強いの」
「そこは決め手じゃありません」