復讐は甘い薔薇の香り
花は薄れ行く意識の中で誰かに体を支えられているのを感じた。
優しく自分を呼ぶその声を耳にする度、無意識のうちに涙が後から後から溢れて落ちる。
「花…行こう…俺達の場所に…」
その日の夜、花の姿が病院からこつ然と消えた。
完全看護を徹底していた病院側は、黒原花の失踪に躍起になっていた。
花の夫である拳はすでに花との離婚を済ませ、自身は一人娘を引き取ると花のことから全てを遠ざけるようになった。
その後、花が恋人のレオン=シャルレと一緒にいる所をパパラッチにキャッチされるようになった。
彼らは互いの思いを確かめるように抱きしめていた。
「レオン?」
すでに病気が進行していた花は弱々しくレオンの名を呼ぶ。
「ん?何?」
「もう…復讐はやめてね…。こんなに哀しい想いは私だけで十分だから…」
花がレオンの頬に触ろうとして手をゆっくりとあげるも、それは空中で事切れた。
何度も狂ったようになって泣き叫ぶレオンに愛する人から返ってくる言葉はもうない。
花…僕は君を死なせはしないよ。
レオンは事切れた花の体を抱きしめる。
彼の目に狂気が走っていた。
花を救えるのはあの人しかいない。
そう考えたレオンが駆け込む所は、病院と言うよりも花が通っている大学の研究室に似てる。
その場所はーー奇しくも生前花が嫌っていたあの医師がいる建物。
それでも良い。どんな形でも良いから/君≪花≫が生きていてさえすれば。
馬鹿な僕のために家族を捨てた君に出来ることは限られてる。
カイザーと陣の協力の元、レオンは世間から冬山で遭難死した事になっている。
「花…僕の半身。
穢れた僕を癒せる女神。僕はこれから自分が犯した罪の重さに身を切られる思いで一生を終えるだろう。
死ぬことで楽になれるかもしれない。」
小さく歪む花の眉にレオンは苦笑する。
「眠っていても君は僕のことが心配なんだね。大丈夫だよ。僕は僕らの子供が来るまで死ねないよそれに約束したからね」
5月の風が涼やかな磯の香りを運んできた。
空を見上げたレオンに挨拶するよにカモメが空に円を描く。
君が目を覚ますその時まで、僕は君のそばにいるよ。
またあの白薔薇の咲き誇る庭で。
いつか真実を知るだろう僕らの子供が現れる日まで。