運命の輪が回る(中)
よくお嬢様は何にも出来ないとか。
全てメイドや執事達に任せてるんでしょ。
なんて言われるけど、ジュリアも私も何でも率先してしている。
確かに血筋も少しばかり複雑だし、父親が仕事で活躍しているからって言っても自分で何でも出来るようになれと言う教育の元で、私達は買物も料理も針仕事もそれなりに出来る。
いくらバカンスでもメイド任せになんてしない。私達は自分達で何でも出来るんだし、彼女達の仕事は他にもあるのだから私達は自分達が出来る範囲の事をやればいいと言い聞かせてやっていた。
でもあまりやり過ぎるとメイド達の仕事がなくなってしまうから、それはそれなりに譲歩して。
彼女達にも家庭の事情と言う物があるでしょ?
だから、大きな洗濯とか掃除とかはやってもらっていたわ。
二人であの家を掃除するなんて、何日かかるか解らないもの。
そう言う物は戸惑う事なくプロに任せるべき。
ただ、食事だけは自分達で作ることはどうしても譲れなかった。後片付けも自分達ですればいいし。それにここには食洗機があるからラクチンだし。
ま、とにかく今日の夕食当番は私なのだ。
さ〜て、何を作ろうかな〜。
冷蔵庫を見てみれば…昨日思いっきりジュリアが贅沢パエリアを作っちゃったから、何にもない…。
「でも、美味しかったからな〜。まっいいか」
苦笑しながらも花は 出かける用意をし始める。
普通ならば車で行くのだろうが、この日は自転車で行く事にした。ハンドルの前に藤製の深い籠がついている。ジュリア曰く、日本人には嬉しい機能だって。ちょっと可愛いママチャリみたいな物。
背中には小さめのリュックを背負って街までペダルを踏んだ。
吸込まれそうな真っ青な空にふわふわの白い雲は、カフェラテみたい。
ぐぐ〜。
そう考えただけで花のお腹は何か入れてくれ〜と言わんばかりに鳴いてる。
丘を下りゆったりとした道を左に曲がると街が見えて来た。
帰りは大変そうな事になりそうだななんて思いながらも、今夜のメニューを考えている。
ジュリアの彼氏とその両親も来ると言っていたし、簡単でおなかに入りやすい物でいいか。
市場に行くと活気が違う。
色々な屋台に目移りしちゃいそうだ。
その中でも花の目を惹いたのは明るい暖色に囲まれた一つの屋台。
綺麗…普段は野菜に対してそんなことなんて思った事ないけど(ごめんなさい)ローマトマトが赤い宝石のようにキラキラと輝いている。
イタリアに来てからは殆ど毎日のようにイタリア料理が食卓に並んでいた。
まあ、イタリアに来てるんだから、それは当たり前って言えばそうなんだろうけど。
少しはアメリカの料理が懐かしくなって来た。
トマトベースにお米を煮たガンボスープと柔らかいトルティーヤで巻いて食べるタコスを作る事にした花は、次々と食料を買うと籠にいれて行く。
ガンボはマリアから教えてもらっていた。
マリアは花が小さい頃からずっとマッケントッシュ家でメイドとして働いている。
この日の夕食は自分でもなかなかの出来だったと思う。
魔女がよく使うような鍋にガンボを作った。
ガンボはアメリカでも南部地方の家庭料理で、必ずお米が入っている。
家庭によって入れる具が違うけど、豆やお肉、野菜の他に花はいつもアボカドをスライスして入れている。
これはマリア直伝。
バターみたいなぬるっとしたテイストのアボカドが暖かいスープにマッチするテーブルには千切りにしたレタス、ダイス状にカットしたトマト、種を抜いてスライスしたブラックオリーブ、様々なスパイスを入れて煮込んだ肉そぼろ、卵は固ゆでして黄身と白身をわけて白身を器にして盛りつけたデビルドエッグに蒸し立てのトルティーヤを並べた。
「うわ〜!!美味しそう〜!! 花のガンボは本当に美味しいんだよね〜!! ザカエルも喜ぶよ…あっとね…花には言ってなかったんだけど、後一人お客さんが来るの」
少し言いづらそうにしていたジュリアに花は後一人くらい増えても大丈夫よとほほえんだ。
次々と客人達が家の中に入って来る。
「初めまして花=ローズブッシュです」
いつも花は滅多にマッケントッシュの名は使わない。
マッケントッシュの名はそれだけで脅威となるし、他者に対して忌むべき物になることもある。
それを花はよく知っていた。
マッケントッシュ家は今は製薬会社として名高いが、半世紀前は武器商人と言う裏の顔も持っていた。
イタリアのマフィア界とマッケントッシュ家は裏取引があるとまで言われている。
実際は何もないのだが、ただ花とイタリアマフィア界のドンと言われるコンスタンチンとは友人だ。
「ローズブッシュ?」
「はい」
柔らかく微笑む花にジュリアの婚約者ザカエルは花に自分の友人を紹介した。
「花、彼はレオン=シャルレ。レオン、彼女は俺の婚約者の親友で花=ローズブッシュ」
「「あ…」」
互いの目を見て同じ事を口にした。
その様子を見たジュリアが花に「どうしたの花? 彼に何処かであったの?」と聞いて来る。
それもシツコイくらいに。
花は自分のサファイアのネックレスを指差すと「ランペドゥーサでこれを浜辺で落とした日に会った人」まるで恋愛には興味がないと言わんばかりの素っ気ない言い方だ。
彼はそんな事などお構い無しに花の手を取るとそっと口づけた。
「これは運命の出会いですよ」
その時のレオンの目が怪しく光っていた事など誰も知るはずなどない。
「プレイボーイのレオンが袖にされているとこなんて、初めて見た〜」
ザカエルなんかはそう言うとお腹を抱えて笑っている。
レオン?そんなありふれた名前なんてこのヨーロッパには五万といる。
花はまだそっぽを向いていた。
「やはりそのペンダントはあなたでしたか」
レオンの言葉に花は目を大きく見開いた。
淡いブルーのワンピースの胸元からヒョッコリと顔を出した花のロケットを見ている。
「あなたがホテルまで届けて下さったの?」
「はい」
どうして私が泊まっていたホテルを知ってたの?
頭の中で危険信号が鳴り響いてる。
「ありがとう。これは母の形見なの」
「形見?」
「二年前に事故…で亡く…なったの」
あえて花は母が殺されたとは言えずに言葉を変えた。
顔が真っ青になった花にレオンが何度も大丈夫かと声をかけて来たが、花は力なく微笑むばかり。
花の言葉を聞いていたジュリアはすぐに花の方に駆け寄ると背中を摩り続けた。
やっと乗り越えたと思ったのに、まだ母親の死の事を思い出すとパニック障害を起こしてしまう。
呼吸が乱れたりして立ちくらみがするのだ。
酷い時には吐き気まで。
ジュリアに大丈夫だからザカエル達の所に戻ってと促すと花は庭へと出た。
ここはNYの家みたいなバラ園がない代わりに、ラベンダーがこれでもかと言うくらいに植えられている。
「大丈夫?」
ふいに背後から声をかけられると水を差し出された。
ありがとうとお礼を言って受け取ると、レオンがそこに立っていた。
「さっきは悪い事を聞いてすまなかった」
いきなり謝られて花は苦笑するしかない。
「いいんです。もう乗り越えなきゃならないんです。私も父も」
「花…」
いつの間にか私達は互いの顔を近づけていた。
啄むような口づけから次第に貪るようなものに変わって行ったのは、自然な事だった。
二人が家の中に戻るとジュリアがまだ来ちゃダメと言うジェスチャーを自分達にして来た。
何だろうと思っていると、ザカエル達の友人の中にカイザーの遠縁筋の男がいて、その男がいきなりマッケントッシュ家は今も武器商人をやっていると言い出した。
冗談じゃない。武器商人をやっていたのは叔父でしかも、今はカイザーの人間だ。
一体何を言いたいのとその男を睨めば、かなりのワインを口にしているのか顔を赤らめている。
「ったく…カルロスも使えないんだよな〜」
いきなり元彼の名前が出て来た。
え?何で彼の名前が出て来るの?
ジュリアと二人で壊れた人形のように、首をそちらに向けると男はおかしそうに話し出した。
「どう言う事?」
身を乗り出して聞いて来た花に男は笑いながら、ワインをあけた。
「カルロスがマッケントッシュ家の一人娘に近づいたのは、あの小生意気な娘を落としてマッケントッシュ家を手に入れろと言うカイザー会長からの依頼だったんだぜ。ほんとはカルロスには婚約者だっていたんだ。
なのに、ムリヤリ別れさせられるわ。だからアイツ一時期荒れてたんだよな…。意地でも早く仕事を終わらせてやるって言うのがカルロスの口癖でさ〜。あの小娘、カルロスに本気になって。おかしい〜」
今までのカルロスとの楽しかった思い出がガラガラと音を立てて崩れて行った。
「花…」
心配したジュリアが花の肩を抱きしめて来る。
悲しい?
そんなんじゃない。
何となく納得したの。
カルロスってばいつも私の前では優しくって紳士で。でも少し目を反らした時に見せていたあの鋭い目つきは、私が標的だったから憎くても相手をしていたのね。
「あいつもついてないよな。結構計画も順調だったのにさ。ったくあのオバサンが邪魔しなければ上手くいたのにな」
男の言葉に思わず身を乗り出した花は、男の腕を掴んだ。
「ねえ、それって…」
「あのマッケントッシュの最後の妻って言われていた人だよ」
花…、もう外に行こう…そうジュリアに言われたけど、私は頭を振った。
「どう言う事よ、それ」
指先が震えて来る。
「それに気がついたあの母親が余計な事をしなけりゃ、今頃はカルロスも上手く行ってたのにな。今じゃ、ヤツは殺人犯で刑務所だ。カイザーは成功者には最上級の賛美を渡すが、失敗したヤツには、死ぬよりもつらい苦しみが待ってるってことだ。あの小娘もこれでカイザーの力を思い知っただろうよ。ったく武器商人あがりのクセに大きな顔をしているから、そんなことになるのさ」
男はケタケタと笑いながら花に絡んで来た。
「あんたもそう思わないか?」
花は離して下さいともがくが、男はそれを花が気持ちいいと言っていると勘違いして、花の顔に唇を寄せて来た。
「止めなさいよ」
ジュリアが男の手を振り払おうとしているが、所詮女の力だ。
花の頭には何にも言葉なんか入って来ない。
涙も出て来ない。
恋人だと思っていた人には、最初から裏切られていたんだ…。お母様はそれを知っていて、私を守ってくれてた。なのに、なのに私は…一人で傷ついて。