作られた幸せ加筆
私は今までずっと自分の家族が『偽りの愛』で作られた家族だったなんて知らずに生きて来た。
テラスで朝食を食べるこの家族には、幸せに溢れていた。
どこの金持ちにもありそうな家族が揃わない食卓などと言うのはこの家では考えられない。
それくらいいつも食卓は家族全員の笑いに満ちあふれてた。
「おや?このスコーンはいつもとは違うな」
「ふふ…お父様、今朝のこのスコーンは私が焼いたのよ。ほら言ったでしょ?お父様なら絶対にわかって下さるって」
「本当ね。あなたの言う通りだったわ。花」
「おお〜花が焼いたのか。どうりで美味しいと思ったよ。花は料理長も一押しの料理の腕をしているからな」
「あなたったら、本当に花の事になると親バカなんだから」
幸せな家族の笑い声がテラスに響いた。
この幸せが永遠に続くと信じてたのに…。
花の季節が終わるように幸せの季節も終わりを迎える。
「お母様…」
十五の時、この日学校を休んだ花は下腹を押さえながらも初潮の痛みに耐えていた。
この日は運悪く、執事も使用人達も休暇中そして父も珍しく長期の出張で家には母と自分だけ。苦痛に歪む花の額にはじっとりと脂汗が滲み出る。
「痛い…怖い…」
母に相談しようと花は母親の部屋の扉を。
開けた。
その時、彼女の目に飛び込んで来たのは、自慢の母親が髪を振り乱して後ろから男に突かれている姿だった。
にわかに信じられないほどの艶っぽい声を出している母親。
信じられない表情で二人を見ていた花は、母親の背中や腰を赤い舌で舐めている男が顔を上げた瞬間、「お、お母様!!」花は声を上げた。
その男は…昨日ここに遊びに来ていた花の婚約者ーエドワード=ゾルテ。
『あら、エドワードが来てくれて良かったわね、花』
『ええ。エドワード今日は泊まれるのよね?』
『ごめん…仕事があるからね…今夜はとんぼ返りなんだ』
『そう…』
悲しそうな顔をする花を抱きしめると彼は笑顔になるおまじないと言って額に優しく唇を落とした。
『愛してるよ花』
『私もよエドワード』
エドワードはマッケントッシュ家と並ぶ資産家の家柄。
彼との婚約話は花が産まれてすぐに決まった。
流れるような艶やかな黒髪と灰色がかった青い双眸の花と絵本から抜け出て来たような金髪碧眼で甘いマスクをしているエドワードは、政略結婚でも互いに惹かれ合っていた。
二十二才のエドワードは大学卒業後すでに親が経営するゾルティナホテルで働いている。
そのホテルは花の父ーレオナードが資金援助をしていた。
どうして?
目の前で自分の母親と婚約者が獣のように荒々しい声を上げて交わっている。
昨日は仕事があるからって帰っちゃったじゃない…。
「花に悪いと思わないの?」
「誘ったのはあなただ」
腰を打ち付けながら男は女の滑らかな肌に赤い花を咲かせる。
「ふふ…エディったら…ん!」
「それにしてもあなたは本当に美しい。僕は花よりもあなたが良かったんですよ。ゾーイ。あなたのこの滑らかな肌にどれだけ自分の物だと言うシルシを付けたかったか。あなたにはわかりますか?」
「私もよ…あんな男よりもあなたの方がよっぽど素敵だわ」
「なんて罪な人だ。僕はあなたの娘の婚約者だというのに」
「それはお互い様でしょ?」
ガタンと言う音とともに花が目の前に立ち尽くしている。
花に見られてばつの悪そうな顔をしたエドワードは必死になって言い訳をし始めて来たが、母親のゾーイは目で花を笑って見ている。
「これは…違うんだ」
悔しい?
違う頭が混乱した花はその場から逃げるように立ち去った。
自分の婚約者と実の母親の裏切りに花は暫く立ち直れなかった。
花の耳にこびり付いている二人の声。
それから花はふさぎ込んでしまった。
出張から帰って来た父親のレオナードが花を心配し、婚約者のエドワードを呼び寄せようとしたが花はそれを全力で拒否した。
「止めて!」
「花?」
この間までエドワードエドワードと煩いくらいに言っていたのに、今の花は彼の名を聞くだけで泣きそうな顔をしている。
「お父様…私…婚約を解消したい…もう嫌なの…」
「花、何があったんだ?」
レオナードが何度も花に訪ねても花は婚約を解消したいと言ってきかない。
「……」
とうとう泣き出した花を抱きしめたレオナードは屋敷にある全ての監視カメラをチェックするようにドルートスに命じた。
私の留守中に何かあったのだな…。
悪い予感ほど当たる物だ。
監視カメラには声も録音される。
妻のゾーイの部屋からは情事の声が。
それをドルートスと二人で聞いたレオナードはすぐに弁護士を呼びだした。
その頃には花は朝食にも出て来なくなった。
どんどんとやせ細って行く花。
それまで三人で仲良く朝食と言うのがこの家の家訓だったのに、それさえも崩れて行く。
朝、ドルートスから花の様子を聞いたレオナードは顔をしかめるに止めた。
「全く花ったらどうして、朝食に来ないのかしら」
済ました声で言って来る妻のゾーイは何事も無かったように朝食を次々と口に入れて行く。
「「……」」
それにはレオナードもドルートスも何も言わずゾーイを見つめていた。
「ゾーイ。食事の後に話があるのだが、いいか?」
「ええ」
食事の後に書斎に来たゾーイはそこに弁護士のランドルフがいるのを見て、顔を強ばらせた。
「何かしら?どうしてランドルフがいるの? まさか遺産とか言うんじゃないでしょうね」
笑いながら冗談よと言い出す彼女に誰も笑わない。
「ゾーイ。この映像を見て何か言いたい事はあるか」
そこに写っていたのはエドワードと妻がテラスで抱き合っている映像だった。
「この後もあるが、見るか? 私は構わんが…ゾルテ家にもこの映像は送ってある」
「あ、あなた…」
「実の娘の婚約者を寝取るとは…恥ずかしいとは思わないのか!ランドルフあれを出してくれ」
夫人の前に出されたのは一枚の紙ー離婚届。
理由は夫人の不貞行為。決定的な証拠を突きつけられた今、ゾーイには言い逃れなど出来やしない。
離婚に応じないのなら、訴訟を起こすと言われ、夫人は震える手でサインをすると屋敷を後にした。
その後、ゾルテはマッケントッシュ家からの融資が受けれないと言う事が金融機関にも広がり、二年後にゾルティナホテルは経営破綻し、事実上ゾルテ家は社交界から姿を消した。
ゾルテ家の跡継ぎだったエドワードは、金融機関から金を借りられないと知ると、彼はアルパチーノオレに助けを求めた。
だが、彼は花とアルパチーノオレの当主であるコンスタンチンが友人関係だと言う事を知らずにあるビジネス話を彼に持ちかけていた。
『赤いダイヤモンド』
選ばれた血を手にした者は全てを手に入れると言うと彼はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「その話、もう少し聞かせてくれないか?」
「あ? ああ…それね…変わり者のDrだよ。確か…名前は…そう!陣! Dr陣とか言っていたな。結構年寄りの。それに…聞いて驚くなよ。あのMr.Kもいるんだ」
Kと言う名を聞いて、コンスタンチンはだからか…と心の中で浅はかなこの青二才のバカな行動を笑った。
この男が言うMr.Kとは裏の世界では知らない者はいない。何しろ彼は死の商人と言われている。今日も世界の何処であっている紛争には、あの男の力が動いている。彼を捕まえる事など誰も出来やしない。
それは…世界中が彼の顧客。
人の良い笑みで言って来るコンスタンチンにエドワードはイタリアのマフィア界をも手に入れたような気になっていた。
「この鞄を持って香港に行ってくれれば、君の仕事は終わる」
「それだけで、こんな大金を手に入れられるんですか?」
「ああ。ただし、これを香港に持って行ければの話だ。香港に着いたら、私の部下が待っているから、彼らから小切手を貰ってくれ」
笑みを浮かべるとビジネス鞄をエドワードに手渡した。
そしてこれを香港まで所有するのはエドワードであると言う事を証明する紙を書かせると、香港行きのチケットを手渡した。
エドワードはゾルティナホテルの再建とゾルテ家の復興を夢見て、その手をとった。
彼が騙されたと知ったのは、香港に着いた時。
「これはあなたの物ですか?」
女性の声にエドワードは顔を引き攣らせながらもそうだが、だからなんだ?!と嫌な顔をすると彼女はにっこり笑って「麻薬所持の現行犯で逮捕する!」そう宣言した。
自分の両脇に警察官と麻薬捜査犬がエドワードの鞄に噛み付き前足で引っ掻く動作をしている。
「くそ!!何だってんだ!この犬が!!」
彼は必死に謀られたんだと言うが、鞄の中からでて来たのはこの鞄も中の物も全て所有するのはエドワードであると書かれた紙を突きつけられ、彼は項垂れた。
処刑台の露となって消えた。
両親が離婚して花はそれまで以上に父親にべったりと依存するようになった。
「花…エドワードの事はもう忘れなさい。彼との婚約は破棄したゾルテ氏もそれを承知した」
「私…エディのことが大好きだったの…」
「わかっている…」
例え、別れてしまっても彼女はエドワードの事を昔から思っていた。
彼が赤いダイヤモンドで娘に近づいていたとは、当事者の花は知らない。はじめその事をコンスタンチンから聞いた時には、ゾルテ家一族抹殺を視野に入れていたが、それを娘の耳に入れる輩もいることから、彼は反る手家を社会的に抹殺した。
そんな事など可愛い娘には知らなくていい話だとレオナードは心の中で呟くと花を抱きしめた。
花はレオナードの腕の中でわんわん子供のように泣き声をあげた。
「花、高校卒業後はどうするんだ?」
いつものように二人でテラスで朝食をとっていると父のレオナードが新聞を畳む。
「うーん。まだわからないの。でもね、ヨーロッパに行ってみたいな〜って思ってるの」
「そうか。どこの大学に行きたいのかは自分で決めるんだぞ」
「はいお父様」
まさかこのヨーロッパ行きがその後の二人の親子関係を収拾がつかなくなるほど、崩壊するとは思っても見なかった。