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「いくらなんでも勝手すぎるだろ……、子を残して海外ばっかり行く親がどこにいるんだよ……」

ぶつぶつ呟きながら、新次郎はひいきにしているいつもの銀行にやってきた。その顔は家を出た時と全く変わってなく、むしろ道中考えすぎたのか、さっきよりももっと老けているように見える。

初春の寒気と暖かさが混じる空気から解放された、ちょっと寒気を感じる空間に入ると、

新次郎はすぐさまATMに向かって、一点の迷いもなく真っ直ぐ向かっていった。

「ったく、父さんも母さんもいい加減にしろっての。いつまでも新婚気分で海外ばっかり行きやがって……」

 ATMのお決まりの声に従ってお金を引き出すと、新次郎は再び大きなため息をついた。それによってまた老けたように見える。

 それもしょうがない、新次郎の両親はいつもこんな感じだからだ。

 新次郎の父親は事業拡大に成功した実業家である。普通こういう仕事をする人は野心の塊だったりするのだが、新次郎の父は自分の利益よりも「このお金によって誰かを幸せにする」ということを一番に思っている。そのため、海外支援やボランティアに積極的に自らの足で行き、全て自費で支援するというなんとも正義感溢れる人物なのだ。

 新次郎の母親は、そんな父の精神に惚れ込んでおり、いつも新婚気分で父と新次郎に接している。しかし、新次郎が一人でやっていけるとわかると、海外に行く父親についていくと言って新次郎を家に置いて父についていってしまうようになった。

置いていかれた新次郎は、最初は困惑したが、定期的に来る確認の電話と多目の生活費で生活しているうちにだんだんと慣れていき、今年で三年目となった今ではそんな生活が板についていた。

「やれやれ……、このまま行けばじいさんとばあさんになっても変わらないんだろうな」

新次郎は誰に聞かせるわけでもなく呟くと、ふと頭に昨日の帰宅時に考えていたことがよぎった。

「俺も父さんや母さんみたいな恋愛をする時があるのかな……、何か想像つかないな」

恋愛をしたことがない新次郎だが、両親のお互いの感情は理解している。だからといって、それが自分に当てはめられるといったら別の話だ。

「俺のパートナーって……、一体誰なんだろうな……」

自分が海外に行ったらついてきてくれるほどに好きでいてくれる人、そんな人が果たして存在するのか。新次郎の頭の中でそんな疑問がぐるぐると回り続けていた。

その時、

「全員今すぐ手を挙げろぉ!」

怒声が響いた。


「あれぇ? 銀行ってこっちじゃないんですか?」

商店街をキョロキョロとしながら走っている大きなロリポップを持った薄汚れた少女がいる。いまだに銀行が見つからずにたむろしているようだ。その迷っている様は、新次郎の向かった銀行にはこのまま永遠につかないのではないかと思う程だ。

ちなみに新次郎の向かった銀行は歩いて五分ぐらいで、少女はかれこれ十分ほど走り回っている。

「どこの銀行に行くかぐらい教えていけって話です! 全く狩る側の気持ちも考えてみろです!」

狩られる側にそんな気持ちを理解させてどうするつもりだ、とツッコミをしたくなる。

そんなことを呟きながら、少女はいつの間にか商店街の中にある家電量販店の前にたどり着いた。

「ん? 何ですか?」

見ると、その家電量販店に人だかりが出来ていた。人だかりは家電量販店の入り口にある売り物のテレビの画面のニュースに釘付けになっている。

気になった少女は人だかりの隙間を抜け、臨時ニュースとでかでかと書かれているテレビ画面を見た。

テレビではリポーターが早口で何かを説明しているようだ。そしてバックに映っているのは、赤色のランプがついた車とここよりも規模の大きな人だかり、そして完全に閉め切った大きな建物だった。

「繰り返しお伝えします! ただいま、こちらの銀行でたてこもり事件が発生しました! 犯人は人質を取っており、警察に要求してきた逃走用の車を一時間以内に用意できなければ、人質を一人ずつ殺すと言っています!」

リポーターの早口を聞いて、家電量販店の周りにいる人だかりからたくさんの声が聞こえてくる。

 「怖いわね。この銀行、この町にある一番大きな銀行じゃなかったかしら?」

 「あらまぁ! この町で起こっているのですか!」

 波紋が広がるように人々の会話が広がっていく。そんな中で、再びリポーターが早口で話し始めた。

 「これは、たてこもり事件が起きている銀行の監視カメラの現在の映像です! 犯人はそれぞれ拳銃を持っており、壁際の人質達を時々脅しながら警察の答えを待っているようです!」

 そしてテレビの画面が変わり、建物の内部映像へと切り替わった。内部映像はそれぞれの監視カメラからの映像を順番に映し出し、最後に映し出したのは人質が映る監視カメラの映像だった。

 「!」

 少女はそれを見た瞬間、声にならない叫び声を上げて他の誰よりもテレビに食いついた。

 「これって……、新次郎!」

 人質の中に、確かに新次郎が映っていた。後ろに手を、そして足を縄で縛られ、身動きが取れない状態で壁際に座り込んでいた。その姿は、さっきまでホースで縛られていた少女の姿に酷似していた。

 「あはははは! いい気味です、新次郎! 私の受けた恥辱を勝手に味わうなんてざまあないです!」

 しばらく映像を見ながら笑い続ける少女に、人だかりは変なものを見る目で見ながらその場を離れていった。少し経つと、テレビを見る人は消え、そこにいるのは笑い続けている少女だけだった。

 「あはは! ははは! はは……は……?」

 しばらく笑い続けていた少女だったが、何かに気づいたかのようにその笑いをピタッと止めた。そしてゆっくりと考えるように首を傾ける。

 「……」

 しばらく頭を九十度に曲げたまま考えていると、自分が今やろうとしていたことが何かを思い出して、すぐさま曲がっていた首を元に戻してハッとなった。

 「違うです! ここで新次郎が死んだら私の手柄にならないです!」

 自分のやることは新次郎を殺すことであり、それが他者によって果たされても自分がやったことにならない。それに気づいた少女は、すぐさまロリポップサイスを構えて全速力で商店街の入り口まで戻るために走った。その表情は、心配と不安が入り混じった表情だった。

 「私が行くまで死ぬなです……、新次郎を殺すのはこの私です!」

 少女はとにかく走った。自分の初の任務を果たすために。


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