36
瞬間、ロリ子は新次郎から距離をとってキャンディハンマーを握りなおした。気合を入れなおして、新次郎の話を聞こうとしている。
「それは……本当なのですか?」
ロリ子が聞くと、新次郎は表情を変えることなく頷いた。それだけ新次郎は、気づいた秘密に確信を持っているようだ。
「あぁ、だがそれを破るには必要なものがある」
そう言うと、新次郎はロリ子に向かって手の平を向けた。何かを要求しているようだ。
「ロリ子、水飴トラップを貸してくれ」
「水飴トラップですか?」
ロリ子はドレスのポケットに手を突っ込み、中からドロリとした液体の入ったビンを新次郎に渡した。
水飴トラップ。新次郎とロリ子が初めて会った時に使われた足止め用のトラップだ。その粘着力は折り紙つきで、大の大人が踏ん張っても取れないほど強力なものだ。銀行強盗、鳥獣神一族と、今までの戦いを支えてきた武器の一つだ。
新次郎はそれを受け取ると、すぐさま出てきた水飴を丸く形作る。鳥獣神一族の戦いの時に作った水飴ボールだ。
「新次郎、一体どうするつもりなのですか?」
ロリ子が聞くと、新次郎は水飴ボールを持ったまま、真剣な表情でロリ子を見た。
「ロリ子、お前は俺の指示に従ってくれ。うまく行けば、奴の動きを止めることが出来る」
「でも、水飴トラップ程度では私のお父さんの足は止められないのです!」
新次郎の言葉に不安があるのか、ロリ子は反論する。おそらくロリ子にはわかっているのだろう。ロリ子の父親に、自分が得意としている水飴トラップが何の効果もないことを。
しかし、それでも新次郎は表情を緩めない。
「そんなことわかってる。俺の策だって成功するかわからない。だが」
そこで新次郎は、ロリ子の目を一点に見つめた。
二人の目が強い力で引き合っている。二人の周りだけ時が止まっているかのような錯覚にさえ陥るほどに。
そんな中、新次郎は強くはっきりと言った。
「これしか方法が見つからないんだ。頼む、協力してくれ。ロリ子」
強い言葉と強い思いが、新次郎からロリ子に向かっていく。
それを受け取ったロリ子は、さっきまでの不安な表情をかき消し、大きく頷いた。
「わかったです! 新次郎を、信じるです!」
「あぁ、ありがとう」
二人はそれだけ言葉を交わし、表情を引き締めてロリ子の父親のほうを向いて構えた。決心した二人の表情に、もう迷いはない。
「ふん、どうやら話がついたようだな」
真剣な表情の二人を前に、ロリ子の父親は右の拳を突き出した。
その瞬間、空気が一変した。決心した二人と、その決心を受けて立つロリ子の父親。共に戦闘体制に入っている。まさに一触即発の雰囲気だ。
睨み合う二人と一人。そんな一触即発の雰囲気を打ち破ったのは、新次郎の叫び声だった。
「ロリ子! 跳べ!」
雰囲気を打ち破った新次郎の叫び声と共に、ロリ子はキャンディハンマーを構えて高く跳び上がった。
「甘い!」
高く跳び上がったロリ子に狙いを定め、父親は突き出していた右手を硬く握り、ロリ子に向けて放つ。
その動作を、新次郎は一切見逃さなかった。
「いまだ!」
ロリ子の父親が拳を固めてロリ子に向けた瞬間、新次郎が動いた。
新次郎は、その手に持っていた水飴ボールを振りかぶり、父親の拳に向かって投げつけた。
「よし、ロリ子! あっちの壁に向かって拳を受け流せ!」
水飴ボールを投げた瞬間、新次郎はロリ子の右、父親から見て左の方向を壁を指差した。
その合図を見て、ロリ子はキャンディハンマーを構えて、向かってくる拳に向かって振るう。
その瞬間、さっきとは比べ物にならない程の強い力がロリ子の体を走った。
「っ!?」
「馬鹿め! 今度の拳はフルパワーだ! さっきのように受け流せるとは思うな!」
ロリ子の父親の表情は、完全に勝利を確信していた。それは決しておごりではない。今までの戦いで、フルパワーを出して負けたことがないのだから。
対してロリ子の表情は、苦痛と我慢が混ざり合った険しい表情になっていた。
フルパワーの拳とロリ子のキャンディハンマーがぶつかり合い、中心に強い衝撃が走る。その衝撃を真っ向から受け止めるロリ子だったが、肉体はその時点で限界を迎えていた。
「くうっ!」
苦悶の声を上げるロリ子。それが肉体の危険信号なのは、ロリ子が一番よくわかっている。
「ロリ子!」
新次郎が叫ぶ。
その叫びを聞いて、ロリ子は限界を迎えていた肉体にさらに力を込めて、衝撃に耐える。
「無駄だ! 貴様の腕で私の拳は受け止められん!」
「ロリ子! 頑張れ!」
父親が笑う。そして新次郎が叫んでいる。
その二つの叫びを、ロリ子は険しい表情で聞いていた。
逃げようと思えばいつでも逃げれる。しかし、そんなことは絶対にしない。一度新次郎と誓った約束を破るわけにはいかない。その強い思いが、ロリ子の体を奮起させる。
「くぅ……負けるわけには……!」
ロリ子は声と共にさらに力を込める。もはや限界という言葉すらも超越している。
「ロリ子!」
新次郎の叫び声が再び聞こえてきた。
その声を聞いた瞬間、ロリ子の頭に新次郎の姿が映ってきた。
もちろんそれは、初のターゲットとしての新次郎ではない。一緒に過ごして見てきた、怒っている新次郎、笑っている新次郎、そして悔しがっている新次郎。様々な新次郎の姿が鮮明に映ってくる。
新次郎同様、ロリ子もその気持ちを持っていた。しかし、ロリ子はいまだにそれを認めていない。
「負けるわけには……負けるわけには……!」
ロリ子はさらに力を込めた。
もちろん、今の体に力など残っていない。その力は、溢れ出てくるロリ子の気持ちが残っていないはずの力を最後の一滴まで搾り出しているのだ。
「負けるわけには……! 負けるわけには……!」
うわ言のように呟くロリ子。そしてその一言のたびに、ロリ子の体に搾り出されたような力が加わっていく。
「これで終わりだ!」
ロリ子とは対照的に、まだまだ余裕といった表情の父親は、右の拳にさらに力を込める。その瞬間、今まで以上の衝撃がロリ子の体を襲ってきた。
「うわぁ!」
ロリ子の表情が歪み、キャンディハンマーを握る手が緩む。
限界はとっくの前に突破している。しかし、それでも父親の右の拳を押し返すことは出来なかった。圧倒的な力の差を前に、ロリ子の思考が一瞬停止する。
「ロリ子!!!」
「っ!」
衝撃で一瞬だけ視線が外れたロリ子の目に、新次郎が映った。
不思議な表情だった。この状況で絶望を感じない人はいないはずだ。しかし、新次郎の表情は一切歪んでいない。
心の奥底から、ロリ子を信用している眼。
「!」
その表情を見た瞬間、ロリ子の心の中で何かが弾けた。
それは、認めたくなかった新次郎への想いが、まるで花が開くように広がっていくものだった。
そう、自分は新次郎を、ターゲット以上に想っているのだと。
その瞬間、ロリ子の体から今まで以上の力が湧き出てきた。




