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新次郎でもロリ子の父親でもない、第三者の気配が現れたのだ。それを二人が感じ取り、その気配のする方向を向いたのはほぼ同時だった。
ロリ子の父親は驚愕の表情で新次郎の奥を、そして新次郎は、何が起きたのかまったくわからない表情で後ろを振り返った。
「……………………」
そこには、確かにロリ子が立っていた。
「…………?」
目の前の光景を認識するのに数秒を要した。
何度呼びかけても開かなかったロリ子の目はしっかりと開かれていて、生気に満ち溢れた目になっていた。ダラン、としていたロリ子の手は強く握られている。とても、さっきまでのような力の無い腕とは思えない程だ。
「ロリ子……お前……!」
まだ目の前の光景を信じられないでいる新次郎。瞬きすら出来ず、口は驚きで閉じることが出来ないでいる。
対してロリ子は、そんな新次郎を見て口元を小さく緩め始めた。
「ふふ……」
小さくロリ子が笑った。
新次郎は、ロリ子の笑い声を聞き逃さなかった。返答が無かったロリ子の口から、確かにロリ子の声が聞こえてきた。
新次郎の心に何かがあふれ出した。その何かは、怒りに打ち震えていた新次郎を優しく包み、全身の力が緩む。
「ロリ子……! ロリ子……!」
次第に表情が明るくなっていく新次郎。それは新次郎に求めることが出来ず、どんどんと怒りの表情を解きほぐしていく。
そんな新次郎を、ロリ子はしばらく見続けていた。
そして、
「ふふ……! ふははははははははははははははは!」
急に高笑いを始めた。
「……へ?」
突然のロリ子の高笑いに、新次郎は意味がわからずに固まる。
そんな新次郎をお構いなしに、ロリ子は新次郎の方を見て笑い続けている。
「ふははははは! 聞いたです! 聞いたんです! 聞いちゃったんです!」
高笑いしながら新次郎を指差して笑い続けているロリ子。さっきまで脱力しきっていたロリ子とはまったく対照的だ。
「……聞いた?」
「さっき新次郎言いましたね! 俺はロリ子に殺されてやるって言いましたよね! 私の耳はバッチリ聞いちゃったです!」
とても満足そうに新次郎を指差しているロリ子。とても嬉しそう、そしてとても生き生きとしている表情だ。
対して新次郎は、ロリ子が何を言いたいのかを先読みしたのか、次第に表情を歪ませている。こういう時、先読みできる自分の思考を恨みたくなる。
「ふははははは! やっと認めたですね! この私に殺される覚悟が出来たと見たです! なんだかんだ言ってもやっぱり新次郎は私に殺されたくて仕方が無かったみたいですね! そうならそうと早く言ってくれればいくらでも殺してあげるのに、やっぱり新次郎にはどこかツンデレの気があったと思ってたで、ぎゅむぅ!」
得意気になっているロリ子の表情に、とうとう新次郎の怒りが大爆発した。
すぐさま新次郎の手が、マジックハンドの様にロリ子の口元に向かって真っ直ぐ伸び、ガッチリとロリ子の口元を力強く掴んだ。さっきまでロリ子の父親に湧いていた怒りが全て、新次郎の手を通してロリ子の口元に痛みとなって伝わっていく。
ロリ子の口元を掴んでいる新次郎の手は、相当な力が込められている力のようだ。いつも以上にジタバタしているが、一向にロリ子の口元の痛みは和らぐことはない。
「てめぇ……! 狸寝入りしてやがったな……!」
「ぼっぼばぶべぶ! ぼべばびぼびぼぼぶびぶびびぶべびうべぶば!?」
ちなみにこれは、「ちょっと待つです! それが命の恩人に言う台詞ですか!?」と言っているようだ。
確かにロリ子は新次郎の命を守った。しかし、それを度外視してしまうほどに新次郎の怒りは強いもののようだ。こうなっては、何を言っても新次郎は手の力を緩めないだろう。
「てめぇは俺の怒りを買った……! その購入特典としてあの世へ魂を送り届けるサービスもつけてやる……!」
「ぼうばばーびぶびばばびべぶ!」
これは、「そんなサービスいらないです!」と言っているようだ。
どんどんと強くなっていく新次郎の力に、ロリ子の体が次第にダランとし始める。このまま放っておけば、狸寝入りではなく、本当にさっきのロリ子になってしまうだろう。
「何故だ……確かに私の光は……娘の体を貫いたはず!」
新次郎の攻撃にジタバタしている元気な様子のロリ子を見て、ロリ子の父親は表情を歪めて驚いている。
手ごたえは確かに感じた。自分の指先から放たれた光は、ロリ子の体を貫き、その命の火を完全に消し去ったはずだった。しかし、当のロリ子はさっきの攻撃をものともしていない様子だ。それがどれだけ異常なことなのかは、光を放った本人が一番よく知っている。
「何故だ!? 娘よ、何故貴様は直撃を受けながら生きているのだ!?」
初めてロリ子の父親の声色が焦りに変わる。今までに経験したことのない未知の恐怖は、歴戦を勝ち抜いてきたロリ子の父親を動揺させるには十分だったようだ。
それを聞いたロリ子は、得意げに自分のドレスをめくって見せた。
「こいつのおかげなのです!」
めくったドレスの裏側に、薄い銀色の板のようなものが縫い付けられていた。ロリ子の父親が放った光が直撃した部分のみ、銀色の板は穴が開いている。
「それは……!」
「智野先生が私のドレスに縫い付けてくれた特殊防御素材なのです! これだけの薄さと軽さでこの防御力なのです!」
めくっていたドレスを戻し、腰を反って威張り散らす格好で鼻を伸ばすロリ子。
ロリ子の手柄ではなく、智野先生の用心深さの賜物だというツッコミを、新次郎は心の中で呟いた。今のロリ子に言っても、どうせ通用しないだろうから。
「ぐぬぬ……! そこまでして貴様はそこの男を守るというのか……!」
歯軋りのように悔しそうな声を上げるロリ子の父親に向かって、ロリ子は思いっきり指差して叫んだ。
「当たり前のなのです! 私の初ターゲットを殺そうとする奴はたとえお父さんでも許さないのです! 新次郎は……私のものです!」
はっきりと言ってのけるロリ子。ここまで言い切ってしまわれると、新次郎もツッコミが出来ない。
それを聞いたロリ子の父親は、小さく震えながら右手を構えた。
「狩猟神一族の恥さらしめが! ならばターゲットもろとも殺してくれる!」
その瞬間、ロリ子の父親の右手指から五本の光が放たれた。




