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場面は何十分か前の校長室。
「というわけで、私のクラスでこの留学生は引き取らせていただきます」
智野先生が校長先生に向かって言った。
校長室に来るまでの間、智野先生は何とかつじつまの合う言い訳を考えていた。最終的に、「一之瀬宅にやってきたイギリスの親戚を急遽、留学生としてこの学校で引き取る」という内容に決定した。
こんな急な言い訳が通用するのだろうか、と疑問に思う新次郎だったが、現時点では一番有効な言い訳だと言えるだろう。認めたくはないが、下手に言い訳を作るよりかはよっぽどいい策であるといえる。
「ふーん、そういうことか」
校長先生の言葉に、三人の緊張が一気に高まる。この後の校長先生の答えによって、少女が学校に通えるかどうかが決まる。
ただ違うとすれば、智野先生と少女は学校に通えることを願い、新次郎はその申し出を校長先生が却下することを願っている、この二つの違いだけだ。
そんな異なる二つの思いが交錯する中、校長先生の回転椅子がこちらに向いた。三人とも同時に生唾を飲み込んで答えを待つ。
「なるほど……、よし!」
校長先生は立ち上がった。
「智野先生のお願いだし、その子可愛いからよし!」
沈黙。
「………………はい?」
呆気に取られて固まる新次郎。その横では、智野先生と少女が飛び跳ねて喜んでいた。
「わーいわーい! 学校に通えるですー!」
「よかったわね! 言ってみるものだわ!」
ぴょンぴょんと跳ねて喜ぶ二人の横で、新次郎はただ呆然と結果に不服そうな表情で固まることしか出来なかった。もちろん、声なんか出せるわけがない。
「じゃあ早速今日から授業を受けてもらっちゃおうかなー、ところで君、名前は?」
呆然としている新次郎を横目に、ウキウキ気分で手続きをしようとする校長先生。その表情は何故か嬉しそうなのは、こんな可愛い子が自分の学校に来てくれるから、だというのはさっきの答えから想像できる。思わず新次郎は、「このロリコン変態親父が!」と心の中で毒づいた。
「名前ですか? えっと」
一方名前を聞かれた少女は、小さく息を吸って口を開いた。
「кЬБРаёШДйЭв∀ヾξω∬θλσ??ηφυ§」
「ぬぉおおおおおおおおお!」
「ひゃあああああああああ!」
不意にきた精神を壊す勢いの嫌な音。
少女が口にしたのは、まるで呪詛のような物だった。それを聞いた新次郎と校長先生は、少女の出す音に強烈な不快感に苦痛の表情で耳を塞いで床にゴロゴロと転がりまわる。しかし、それでも少女の呪詛のような言葉が体から消えることはなく、声は聞こえずとも体に不快感が走り続けている。
「だー! わかったからやめろ! 頼むからやめてくれ!」
苦痛に耐え切れずに新次郎は少女に向かって懇願する。
少女が口を閉じたのを確認すると、新次郎と校長先生はゆっくり立ち上がって肩で息をした。
対して少女は、急に名前を言うのを止められてキョトンとしている。
「まだ本名を全部言い終わってないですよ? えっと続きが」
「あー! もうわかったからこれ以上は言わなくていい!」
また言い出そうとする少女を制止して、新次郎は智野先生に向かって耳打ちする。
「先生……、こいつの本名は本当にさっきのなんですか?」
「もちろんよ、人間にとっては不快で聞き取れないけどしれないけど、私はちゃんと聞き取れたわ」
改めて人間じゃない二人の異様さを再認識する新次郎。
「ちなみに私の本名はね、υД`б£」
「だー! やめてください!」
耳元で本名を囁く智野先生は、再び不快感で耳を塞いで後ずさりする新次郎を見て悪戯っぽく舌を少し出して微笑んだ。例えるならば「小悪魔の微笑」と言ったところだろうか。
「それはともかく、とりあえず偽名を使うしかないわね」
「偽名か……」
智野先生と、不快感と必死に戦っている新次郎はキョトンとしている少女をまじまじと見つめながら、少女にピッタリの偽名を考えようと頭を捻っていた。
「!」
「!」
そして、二人同時に思いついたように頭を上げた。
「もしかして同じこと考えてたかしら?」
「……そうみたいですね」
智野先生と新次郎は、見つめあったまま小さく微笑んだ。




