12
場面は変わって、ここは特別教室の並ぶ学校の北側廊下。他の教室は朝のホームルームをやっているため、人の姿は何一つ見えない。
そんな静かな廊下に、二つの影がやってきた。一つは解放されるのを諦めたのか、引っ張られた状態のままで静かになっている華やかなドレスの少女。完全に猫扱いだ。
そしてもう一人は、そんな少女を引っ張っている疲れた表情の新次郎。しかしこの疲れている表情は、引っ張って運んでいる肉体的疲労というよりは、どっちかというと精神的疲労に近い。
「さてと……」
回りを確認して人がいないのを確認すると、新次郎は掴んでいた少女を壁に向かってぶっきらぼうに投げ飛ばす。
激しい衝突音が、静かな廊下に響き渡る。
「フギュ!」
壁に背中をぶつけて小さく悲鳴を上げてその場に倒れる少女。痛そうに背中を擦りながら立ち上がると、一瞬で表情を怒りに変えて新次郎に詰め寄る。
「ひどいじゃないですか! こんな乱暴に扱うなんて! もっと狩猟神一族をいたわるべきで、ぐもも!」
言葉が言い終わらないうちに口元を力一杯に掴む新次郎。いつもの様に目が笑っていない笑顔で同じように少女に詰め寄るその様は、不良がひ弱な男子を脅迫する様を想像させる。
「何しにここに来た……、俺が朝言ったことを堂々と破るとはいい度胸だな……!」
地を這うどころか地面に潜っていってしまいそうな低い声が少女の体全体に響く。一瞬で少女は、自分の体に危険が及んでいることを察知して体をバタつかせる。
「ぐもももも! ごべんばばいごべんばばい!」
ちなみにこれは、「ぐもももも! ごめんなさいごめんなさい!」と言っているようだ。
必死に謝罪の言葉を述べるが、口元を掴まれているためうまく喋れないでいる。それでも必死に言い訳しようと、手足をバタバタさせて抵抗しようとするが、全く効果をなしていないのは言うまでも無い。
「とりあえず選べ、今すぐ学校から去ってこの世とも去るか? それとも俺を殺すのをやめて人生もやめるか?」
「同じ意味に聞こえるので、いぢぢぢぢ!」
もはや完全に主導権は新次郎にあるようだ。こうなっては狩猟神のプライドも何も無い。涙を流しがら許しを請う少女だが、新次郎はそれでも力を緩めない。
「はいはい! その辺にしておきなさい」
パンパン、と手を叩く音が聞こえる。その先に立っていたのは、腰に手を当てて二人を見ている智野先生の姿があった。その表情は怒っているというより、呆れているように見える。
「あ! えっと……、こいつはその……」
急に先生が来て、新次郎はうまい言い訳が思い浮かばずにしどろもどろになる。こういった状況でどういう言い訳をすればいいのか、そんなことがわかるはずも無く、新次郎はただ黙ることしか出来ないである。
「えっと……、あの……」
まさか、「こいつは狩猟神一族で俺を殺すために来た者で、今は縁あって同居しているけど何故かついてきちゃって」なんて本当のことを言うわけにもいかない。言ったところで信じてくれるわけが無い。精神科に強制連行でもされたらたまったものではない。
「ふぅ」
何も言えない新次郎を見て、小さくため息をつく智野先生。その姿はまるで、今の状況の全てがわかっているかのようにも見える。
スッと、智野先生は少女に向かって指を差す。
「言わずともわかるわ、そこのあなた、狩猟神一族ね?」
智野先生は少女を指差しながら言った。
「………………」
「………………」
急な智野先生の指摘に固まる新次郎と少女。というか、新次郎は智野先生が言った言葉を理解すら出来なかった。
今、確かに智野先生は「狩猟神一族」と言った。当たり前のように言ったが、この少女が狩猟神一族であることはおろか、その言葉を知っていることすら異質なのは新次郎がよく知っていた。
「……ど、どうしてそれを……?」
恐る恐る口を開いて、何故狩猟神一族という言葉を知っているかを聞いた新次郎。正直な話、答えを知るのは怖いが、知らずにはいられない、そんな気がした。
「一目でわかったわ。それに私は」
「あー!」
瞬間、少女の叫びが智野先生の話を遮った。その叫びは、何かに気づいたような叫び声だった。
少女は驚いた表情のまま、智野先生を指差しながら叫んだ。
「あなた……【知能神一族】ですね!?」
しばしの静寂。
「………………え?」
静寂を破る新次郎の間抜けな声。少女が突如言い放った言葉に頭がついてきておらず、まだ状況を理解できずに固まっているようだ。また新たに現れた単語に、新次郎の頭はショート寸前だ。
「……ふぅ」
その沈黙に耐えかねたのか、智野先生はまたため息をついてから新次郎の方を見た。
「そういうこと、私は神の世界に生きるたくさんの種族の一つ、【知能神一族】の一人よ」
当たり前のように自己紹介した智野先生。
「………………いやいや! 話が飛躍しすぎてますって!」
自分だけが話に置いていかれているような気がした新次郎は、トントンと話を進めていこうとする少女と智野先生に抗議した。それは、当たり前のように狩猟神やら知能神といったワードが飛び交っているこの場についていけなくなったからなのは、もはや言うまでも無いだろう。




