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「よぉ! 新次郎!」
学校に着くと、いつも通り聖也が新次郎に絡んできた。その表情は、何故かとても嬉しそうだ。
「今日から新学期で憂鬱な勉強が始まる……、しかし俺はこの一年! この憂鬱な勉強に耐えられる! そんな気がするんだ!」
いつも通りテンションの高い聖也だが、今日はいつもと違ってさらにテンションが高い。しかし、新次郎にはその理由がはっきりとわかっていた。
「それは何故か? それは何故だ?」
「麻穂さんがいるからだろ?」
正解を要求してきた聖也に、新次郎は迅速且つ明確に答えを提示した。
「そのとおぅりだ! 勉強時間! 月曜日の朝! そんな学生の憂鬱な要素すら楽しみにしてくれる麻穂さんの魅力! まさしくヴィクトリー!」
意味わかっているのか、心の中で突っ込む新次郎。
キーンコーンカーンコーン!
白熱する聖也を静止させるように学校がチャイムを響かせると、全員が席について先生が来るのを待った。しかし、その様子はどこと無くおかしかった。何がおかしいのかといえば、聖也を含む男子のそわそわとした感じだ。まるで、先生を待ち望んでいるかのように。
「おい、聖也」
おかしい様子に耐えかねた新次郎は、隣でそわそわしている聖也に疑問をぶつけてみる。
「何でこんな皆、そわそわしてるんだ?」
それを聞いた瞬間、教室のドアが開かれて誰かが入ってきた。
「!」
その姿を見た瞬間、新次郎の頭の中で全ての合点がいった。頭の中に浮かんでいた疑問が一瞬で晴れ、全てを理解して心の中で呟いた。
(なるほど、こういうことか)
その目線の先にいる先生の姿。それは、世の男性を一瞬で虜にしてしまう程の女性だった。すらっとした足に抜群のプロポーション、そして長い黒髪。何となく新次郎の頭に、スーツが似合うキャリアウーマンの姿が浮かぶ。
「昨日はごめんなさいね。色々と用事が重なって皆の前に顔を出せなくて」
この先生の名前は知っていたが、会うのはこれが初めてだ。昨日の始業式でクラス担任が発表された時、新次郎のクラスの先生のみが姿を見せなかった。新任の女の先生であることはわかったため、クラスでは様々は話が飛び交っていたが、今日、誰かがその真実をクラスの男子に言いふらしたらしい。
それが、今日の男子のそわそわの理由だった。
「私は智野 玉枝。今日から一年間、このクラスの担任をやらせていただきます。まだ経験が浅いかもしれないけど、よろしくお願いします。」
先生の自己紹介に、クラスの男子のボルテージが急上昇した。指笛を吹く者、どこから持ってきたのかわからない紙ふぶきを撒き散らす者と様々だ。それは、思春期のピークである中学校時代を彷彿とさせる風景だった。
その横では、幸せすぎて真っ白になっている聖也の姿があった。
「あぁ……! アイドルである麻穂さんに担任の先生は超絶美女の智野先生……! 俺、もうこれが人生最後の一年でも悔いは無いぜ……!」
完全に悟りを開いた聖也。今の聖也なら、燃える炎さえも熱く感じないだろう。
その横で、新次郎は他の男子とは対照的な態度で先生を見ていた。周りが騒ぎすぎているため、素の新次郎が浮き彫りになっているような感じだった。
「さぁ、それではホームルームを……ってあら?」
先生が日誌を教卓に置いて朝のホームルームを始めようとした時、教室の外を見てビックリしたような声を上げる。
そして次の瞬間、教室の外から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「フギャアアア! 離すです!」
全員が一斉に先生の視線を追って教室の外を見ると、その先に映っているのは、華やかなドレスと巨大なペロペロキャンディを持っている少女が、ハゲ頭の教頭先生に捕まってジタバタしている様子だった。
その様子を見ていた教室内の生徒が、一斉にざわめき始める。
「何あの子?」
「留学生かしら?」
様々な憶測が教室内で飛び交う。
そんな中、聖也は真っ白になっていた体を突然動かし、水が流れるような鮮やかな動きで懐に手をやった。いつの間にか、真っ白の体に色が戻っている。
「何だあの子は、中々上玉じゃないか! 俺のメモには無かったぞ、あんな子のデータ!」
すぐさま聖也は懐から黒いノートを出して何かを書き込む。ちなみにこのノートは、聖也が独自で集めた女の子のデータをまとめた、通称「聖也メモ」である。女子からは非常に評判の悪いメモだ。
「なるほど、身長は多く見ても150ぐらいなか。幼さの中に生意気さが見て取れるぞ、ということは一人っ子ではないみたいだな。妹タイプかな?」
ぶつぶつと呟く聖也の横で、新次郎は机に突っ伏して大きなため息をついた。どうやら事態を理解したようだ。
「……」
無言のまま新次郎は席を立つと、誰を見ることも無くそのまま教室を出て行った。その顔は、一気に疲れている様子に早変わりしている。
「あら? 新次郎君?」
先生の呼び止めにも答えずに、新次郎は無言のまま教室を出て少女と教頭先生の前に立った。
そして少女が新次郎に気づいた瞬間、親を見つけた子供のような表情になる。
「あ! 新次郎!」
「君、この子は君の何なんだね?」
助けを求めているような表情の少女と、少女について新次郎から聞こうとする教頭先生。
そんな二人の視線を受けながら、新次郎は答えを求めている教頭先生を無視して、ジタバタしている少女の首根っこをガッチリ掴む。
「いだだ! 新次郎何するですか!」
抗議の声を上げる少女を無視して、首根っこを掴んだまま新次郎は少女を連れて廊下を歩いていった。
「フギャアアア! 離すです痛いです!」
ジタバタしながら新次郎の手から逃げようとする少女を無視して、新次郎は容赦なく少女を引きずっていく。
「新次郎君!」
しばらくしてから、その様子を見ていた智野先生が、教室から出て少女を引きずって歩いていく新次郎の後を追って走り出した。
「……何なんだ、まったく」
事態を飲み込めていない教頭先生が、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。そして、先生のいなくなった教室内はしばらく静かなまま時が流れた。




