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 春の日差しが柔らかに降り注ぐ朝。寒さから開放され、冬の間溜めていた力を解放して芽吹いた植物達は、その日差しを受けて目一杯輝いていた。

 そんな生命の輝きが眩しい春の朝、その輝きとは全くと言っていいほど正反対なオーラを放つ家があった。

 例えるならば、真っ白な部屋に黒い箱が置いてあるのを想像するといい。それほどまでにこの家が放つオーラは、爽やかな春の朝とは正反対なものなのだ。

 しかしその家自体がそのオーラを放っているのでない。言うなれば、この家の中の一つの部屋のオーラがこの家を取り巻いている、と言った方がいいだろう。

 「ふふふ……」

 誰が聞いても怪しいと思う笑い声が響くこの部屋が、このどす黒いオーラの正体だ。

 薄暗い部屋の中には、緑色や赤色や青色などに輝く液体が、たくさんのフラスコの中で波立ったり、ポコポコと泡立っていたりと非常に怪しい。さらには顕微鏡等といった本格的なものから、ビーカーやメスシリンダーの様な学校によくあるものまで取り揃っている。

 そんな如何にもサイエンスな空間の中で、一人の少女が薬品と難しい顔でにらめっこをしていた。右手にピペット、左手に薬品を持っているが、その姿は華やかなドレスを身にまとっていた。とても怪しい。

「…………フギャアアア!」

 突如響く爆発音と悲鳴。見ると、少女が持っていたフラスコの液体が爆発していた。黙々と怪しげな煙が部屋を、そして少女を包み始める。

 「ゲホッ! ゲホッ!」

 しばらくして煙が晴れると、少女はむせてせきを繰り返しながら、中の液体を確認する。ジッと薬を見続けた後、少女の表情が見る見るうちに明るくなっていく。

 「ついに……ついに出来たです!」

 確認が終わると、少女が叫びながら睨んでいたフラスコを勢いよく掴んで高く上げた。少女の表情は、部屋のどす黒いオーラに似合わない程に生命力溢れる輝きだ。

 「この薬こそが私がずっと追い求めていた努力の結晶……!」

 少女は感涙を流しながらフラスコを見つめていた。

 フラスコの中には液体が入っていた。特徴としては鮮やかな緑色であり、外で芽吹いている植物と同じような美しさを感じる。これがジュースだったら「美味しそう」と誰でも手にとってしまうだろう。

 「後はこれをばれないように仕込めば……!」

 少女は少し溜めた後、涙をさらに流して言った。

 「奴を殺せる!」


 静かな食卓に響く階段を下る音。リズミカルに何回か響くと、食卓にある扉が開いていて男が入ってきた。

 男はあくびをしながら頭を掻くと、すぐさま近くの冷蔵庫を開け、中にあった開封済みの牛乳パックに手を伸ばす。

 「ふふふ……ここまでは予想通りです……」

 少女はほくそ笑みながら、食卓の隣にあるリビングの大きなソファーの影からその様子を覗いていた。その様子はさながら、犯人が標的に毒を盛った時の「早く食べろ!」と心の中で急かしながらニヤリと笑う、そんな感じだ。

 「あの人は朝起きたら必ず牛乳を飲む……つまりその牛乳にあれを仕込めば……」

 心の中でつぶやく少女の目線の先で、男は牛乳パックを口につけてゆっくりと傾けた

「さぁ! 私が昨日から寝ないで作った猛毒! たっぷりと味わって死ねです!」

 少女が心の中で目一杯叫んだ瞬間、男は傾けていた牛乳を戻した。

 「あれ? この牛乳、賞味期限が二日も過ぎてるよ……」

 そう言って、男は牛乳を飲まずにそっと台所に置いた。

 「何でですかぁ!」

 期待とかけ離れていた現実に仰天して転ぶ少女。

それに気づいた男は、ため息をつきながらゆっくりと少女に歩み寄った。

 「どうせそんなことだろうと思ったぜ。如何にもお前が考えそうな手口だもんな。」

 男は少女の首根っこを、猫がおとなしくなる持ち方でガッチリ掴むと、そのまま高く持ち上げて左右に振る。

 少女は痛いのか、それとも悔しいのか、手足をジタバタさせながら顔をくしゃくしゃにしながら叫んでいる。

 「分かってるんだったら私の策略にはまってさっさと死んでくださいです!」

 その言葉に、男はこめかみをぴくぴくさせながら少女をさらに高く上げ、投擲競技の要領で少女を思い切り投げ飛ばした。柔道なら文句なしの一本だろう。

 「毒盛られてるってわかってて飲む馬鹿がどこにいるんだよ!」

 男の言葉に、テーブルに背中を打ち付けて痛そうにしている少女が異議有りと言わんばかりに立ち上がった。

 「ことわざにもあるじゃないですか! 毒を食らわば皿までって! 新次郎はそんなこともわからないんですか!」

 「知ってるわ! 第一まだ食ってねえよ! 俺はロリ子みたいに馬鹿じゃないんだよ!」

 「なんですかその言い方! まるで私が救いようのない馬鹿みたいじゃないですか!」

 「まったくその通りだよ! 救えるもんなら救いたいくらいの馬鹿だよ!」

 二人は睨み合いながら、しばらくやり取りを続けていた。

 これが、少し前から始まった新次郎とロリ子の共同生活だった。

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