八章 告白
まただ…。
「ちょ、おい吉野!? おい!? あ~、悪い板垣、先帰っててくれ!!」
いつも私の周りの大切な人はどこかへ行ってしまう…。
吉野さんに手を引かれ教室を出て行く連君を見ながらそんなことを思ってしまう。同じ施設に住んでいる蓮君が吉野さんに連れて行かれるというのは変な表現かもしれないけど、それでも何か予感のようなものが私にはあった。このままだと…
「また一人になるのは…嫌…」
母と別れた時のあの思いはもう二度としたくない。あの時はもう遅かったけど、今回はまだ間に合うかもしれない…。今度は私が…私が何とかすればいいだけなんだ…!
今後の為に策を弄しながら私は帰路に着くのだった。
「はい、ポカリ。疲れたでしょ?」
学校から歩いて十分くらいの所にあるコンビニまで拉致された俺はコンビニの前で情けなくも息を整えるのに必死だった。
「ハァ、ハァ、ハァ、お前が、無理やり、ハァハァ、連れて、ハァ、来たんだろうが!」
体に十分な酸素を送りきる前に吉野に不服をぶつける。しかし、当の本人は悪びれた様子もなく購入したばかりのスポーツドリンクを喉を鳴らしながら飲んでいる。
「んぐ、んぐ、プハァ! もーいいじゃない、悪いと思ったから蓮の分の飲み物も買ってきてあげたんじゃない。はい、コレ」
どうすればここまで自分を貫いて勝手をできるのかご教示頂きたい。心の底からそんな事を思いながら手渡されたスポーツドリンクのプルタブを開ける。まぁ、ここまで疲労したのは自分の運動不足も原因であるのは分かっていたのでこれ以上文句を言うのは止めておく事にした。
「それで? 一体何なんだ? わざわざこんな所まで人を走らせておいて」
スポーツドリンクに口をつける前に、当然の疑問を吉野に問いかける。まさか俺の運動不足を見越しての行動というわけでもあるまい。
「んー、そうだね。まぁ、簡単に言うと…私が我慢するのを止めたの」
…我慢? 質問に対する答えには全く持って不十分なその発言に少々戸惑ってしまう。
「いや、我慢って…。答えになってないだろうが?」
「うん、まだ答えれない。後で必ず話すよ。その前に私にも色々と聞かせてよ?」
「は?」
「あの場で話せなかった事なんて一つしかないでしょ? 板垣さんの事。蓮からちゃんと聞いた事なかったしさ」
…板垣? なぜここで彼女の名詞が出てくるんだ? しかし、吉野は冗談と言う気配もなくとても真剣な眼差しでこちらを見てくる。少し怒気も含んでいるような気がする。
「いや、板垣の事を色々と言われても…。施設でどういう風に生活してるかとかそういう事か? そういうことなら俺にも分からんぞ? 施設では職員が…」
「違う!! そうじゃないの!! 蓮があのこの子の事をどう思っていて、あの子が蓮を慕っている理由!! それが聞きたいの!!」
「はぁ…またそれか」
吉野の強い口調に少々驚きながらも俺は思っている事をありのまま話すことにした。
「他の奴にも言っているが別に俺と板垣はお前らの考えているような関係じゃない。施設の職員から転校してきたばかりだから少し気に掛けてくれと頼まれただけだ。だから、彼女をどう思うとかそういうのは最初から無いんだよ」
少し冷たい言い方も知れないが実際にその通りだった。彼女に恋愛的な好意はもってないし、彼女も同じ施設生の俺だから多少話せるようになっただけだろう。
「…納得できない」
「…はぁ?」
「納得できないよ! そりゃ蓮はそう思ってるだけかもしれないけど板垣さんがどう考えてるかなんて分からないじゃない!!」
ごもっとも。分かっているならそれは俺ではなく板垣に聞くべきだが。
「なんで板垣さんは蓮にだけ関わろうとするの!? 別に他の人でもいいじゃない!!」
「あのな…言い方悪いけど板垣のことはお前にはあまり関係ないだろう? 何をそんなに躍起になっている?」
とうとう言ってしまった。前から思っていた事だがなぜ吉野はそこまで俺と板垣の関係に口を出してくるのだろうか。さすがに俺も少々イライラしていた。
「…くない…」
「…え?」
「関係なくない!! なんで!? なんで蓮は気づいてくれないの!? 蓮の事が好きなの!! 好きだから他の女と一緒にいる連を見たくないの!! 私が蓮の事好きだったのに、なんであの女はいきなり現れて蓮と一緒にいるの!? ねぇ!?」
「は、はぁ!? おまえ、なんで…はぁ!?」
まずい。思考がまとまらない。いきなり過ぎる。まったく予想していなかった吉野の発言に俺は今まで何を考えて吉野と会話していたのか分からなくなる。ただ自分がすごく動揺しているという事だけは分かっていたが。
「なんで…なんでよ…」
初めて見せた吉野の涙。自分をここまで想っていてくれていた事。その事実が分かった俺は自惚れかもしれないが一人罪悪感を感じていた。
「あ…えっと…。すまなかった、気づけなくて…。ありがとう」
「…蓮?」
「悪い。でも俺、吉野の気持ちに応えられない…」
残酷な言葉。吉野の涙を見ても俺は受け入れる事ができない。他人からの好意が…怖かった…。
「…………そう」
先程までとは全然違う吉野の声。俺は背筋に冷たいものを感じて彼女のほうを見る。
「吉野…?」
「いいよ…。しょうがないよ、急だったし…。でもね…諦めないよ…。諦められられないよ…? だから蓮…? あなたを必ず私のものにするから…」
吉野の言っている意味がよく分からなかった。
これは誰だ…?
いつもの明るく活発な吉野は…?
それに私のものにするって…。
呆気にとられていた俺を背に吉野は静かに歩き始める。コンビニの角を曲がろうとした時、泣き顔の彼女はニコリと笑って言葉を放つ。
「じゃあね、蓮…? 明日も学校で会おうね…?」
そう言った彼女はそのまま角を曲がり視界から消えた。