六章 違和感と笑顔
昼休み、購買でパンを買った俺は徹と二人で教室で昼食を摂っていた。元々学食も無い田舎の高校なのでみんな弁当を持参するか、購買で購入するかしか昼食を用意する手段がないのだ。
「しかし、板垣さんも人見知りだよな~。休み時間の度に教室から出てくなんて」
「転校初日にいきなり絡まれれば誰だって居辛いだろう。社交的な性格でないのは明らかだしな」
結局板垣は朝のやり取りの後、休み時間の度に姿を消していた。よほど男子生徒達に絡まれたのが不快だったのだろう。
「でも、そうなると一つ不思議なことがあるよな」
「ん?」
「蓮とは一緒に登校したのに、他の男子とは会話もロクにできないなんておかしくないか?」
徹の言いたいことは分からなくもない。同じ施設とはいえ昨日会ったばかりの俺とクラスの男子に対する態度はまるで別物だ。昨日施設で話したときの印象でも、ここまで人付き合いが苦手だとは想像できない。
「ま、蓮はクラスの男子達より色んな意味で浮いてるし、逆に警戒心が薄れたってことなのかな」
「勝手なことを…。別に浮いてるわけじゃないだろ」
「いーや、浮いてるね。俺以外の男子とは挨拶程度、女子に関しては吉野を除けば事務連絡くらいだろ。しかも、自分からはクラス行事や皆の話に一切関わろうとしない。そんな蓮がクラスで浮いてないわけ無いだろう?」
「ん…」
確かに徹の言う通りだが、だからといって板垣が俺に警戒心を抱かない理由にはならんと思うのだが。
「ま、理由はどうであれ蓮しか板垣さんと関わりがないんだ。少し気を遣って探しにでも行ったら? 板垣さん、昼休みまで他の場所で食事してるみたいだぜ」
「お前まで彼女の面倒を俺に見ろっていうのか。そんなに気になるならお前も探してやればいいだろう」
「俺が気になるのは蓮がどういう風に女の子に気を遣ってあげるのかだけ。無感動、無関心、無表情の人形みたいな逢坂蓮が、どうやって女の子にアプローチするのか。なかなか楽しそうなイベントじゃないか」
「お前は…。まったくいい性格してるよ…」
「へへへ。ほら早く探さないと昼休み終わっちゃうぜ」
徹は手のひらをヒラヒラさせながら早く行けとジェスチャーしてくる。
まぁ、残りの昼休みも特にすることはないし、施設の職員にも頼まれてた事だからな。とりあえず探しに行くか。
「あ、蓮だ」
教室を出て板垣を探そうと歩いていると階段から吉野が現れた。恐らく購買で何か見繕ってきたのだろう。手にはパンとイチゴ牛乳らしきものが抱えられている。
「吉野か。今から昼食か」
「うん。出遅れたからちょっと並ぶ羽目になっちゃた。蓮は?」
「俺は昼食が終わって、少々人探しをしているところだ」
「誰探してんの?先生?」
「いや、転校生をな」
そう言った瞬間、吉野の表情が変わった。
「え、なんで…? なんで蓮が転校生探してるの…?」
「なんでと言われてもな…。板垣、朝から休み時間のたびに教室で出てっただろう? 一応転校初日だし、様子見でもと思ってな」
理由を説明してしばらく吉野は顔を伏せてなにか考えているようだった。朝もそうだが何か転校生と関わりがあるのだろうか?
「…して…。…んで蓮が…。…は…私の…のに…。」
「…吉野?」
何か呟いていたようだがよく聞き取れない。
「…ううん、なんでもないよ…。じゃあ私教室戻るね」
そう言って吉野は俺の横を通り過ぎ教室に向って行った。何か気に障るようなことでも言っただろうか…。少し考えたが思い当たる節が無いので、俺はそのまま板垣を探す為歩き出した。
「まぁ、ここくらいしか無いよな…」
人の事を言えたものではないが、クラスに馴染めない奴の行く所なんて大方見当は付く。案の定、板垣は図書室の隅の席で昼食を摂っていた。
「逢坂君…? どうしてここに?」
俺の姿に気づいた板垣は不思議そうに尋ねてきた。どうもこうもなかろうに…。転校初日からクラスに馴染む欠片もなかったお前の様子を見に来た、なんて言える訳がないだろう。
「いや、昼食が終わって暇を持て余してな。ちなみに図書室での飲食は禁止だから今後は気を付けろ」
適当な理由を付けてここに来た理由を誤魔化す。別に隠すような事ではないが俺も人の子らしく、羞恥心というものはあるようだからだ。
「あ、そうなんだ…。ごめんなさい…」
謝罪を求めたわけでは…。別に俺は図書委員でもない。どうにも彼女と話すとこちらが責めているような感じになってしまう。そんなつもりは微塵もないんだが…。
「いや、俺に謝られてもな…。まぁ、転校初日で教室で落ち着いて食事するのも難しいか」
「……」
…気を使ってフォローしたつもりだったが気に障ったか?
「私…あまり社交的ではないので…。すみません…。それに…昔色々あって…」
「ああ、いい。別に話さなくても。施設に入所した時点で何かあったのは分かっている」
無意識とはいえ、そういう話に進んで行ってしまったのを俺は少し悔やんでいた。俺だって色々あって今の施設にいる訳だ。誰にだって人に言いたくないような事はあるだろう。
「とりあえず、ゆっくりでいいからクラスに慣れていけばいい。話し相手とかも俺でよければ付き合う。それに、俺ともう少し親しい間柄になりたいって言っただろう?」
少々自惚れが過ぎるとも思ったが、気まずい空気を作ってしまった以上ある程度は致し方あるまい。俺は自分の羞恥心と戦いながら彼女を励ましたのだった。
「あ、ありがとうございます、逢坂さん。…あ、明日からもよろしくお願いします」
そう言って彼女はこちらを見ながら少し微笑んだ。
思えばこれが、彼女が見せた初めての笑顔だった。