四章 初日
「いやー、まさかあの蓮が彼女と一緒に登校なんて…。世も末だな…」
朝からいきなり友人に嫌味を言われる日常は正直辛いものがある。
「登校したのは否定できんが、彼女という単語だけは否定しておく」
「うるせー! 俺より先に彼女作りやがって!! …蓮のこと信じてたのに…」
「人の話聞いてたか…?」
「ははは、まぁそう怒りなさんなって。冗談だよ、冗談」
徹は笑いながら俺の反応を楽しんでいる。
「別に怒っているわけではないんだが…」
ただ少し…疲れただけだ…。
昨日板垣と登下校の約束をしてしまった俺は、約束どおり朝から一緒に登校した。特に何か話をしたわけではないが、予想通りすれ違う生徒にしっかり見られてしまっていた。ニヤニヤしながらこちらを見てくる男子生徒。二人でヒソヒソ話をしながらこちらを指差す女子生徒。挙句に中学生と小学生に笑われる始末。覚悟はしたつもりだったがそれでも精神的にくるものがある…。
ところが、もう一人の当の本人は一切気にしてない様子で、黙って俺の後ろを付いてくるだけ。俺一人で疲れていて馬鹿馬鹿しい事この上ない。それでも、なんとか学校に到着してようやく落ち着けると思った矢先、友人からのくだらない冗談と称した嫌味…。
人生は辛いという真理に若くして到達した俺が誕生した瞬間だった。
「で? 彼女が今クラスで男子共が騒いでる転校生って訳?」
「そういうことだ。…というか、なぜ俺が一緒に登校したのを徹が知っている?」
「そりゃお前、転校生の事で騒がしいクラスから窓を覗いたら、蓮が知らない女子と一緒に歩いてるんだぜ。勘のいい奴ならすぐ気づくだろ?」
「成程な…」
しかし、昨日施設に入所したばかりで次の日にはクラスに転校生が来ると分かるくらい情報が早いとは…。
田舎の情報伝達速度はインターネットに勝るらしい。
「蓮…彼女ができたって…本当…?」
徹と話をしていると後ろから急に声を掛けられた。振り向くとそこにはいつもとは随分雰囲気の違う吉野がいた。声のトーンも低く、心なしか落ち込んでいるようにも見える。
「…は?」
「いや、だって…蓮が女子と登校したことなんて見たことないし…。それに中塚君も蓮に彼女ができたって言ってたし…」
俺は徹の方を睨み付けた。徹は苦笑いしながら片手でゴメンとポーズをとる。
「はぁ…。そんな訳ないだろう。さっきのは徹のくだらない冗談だ」
「で、でも! 朝一緒に登校してたんでしょ!? 今まで女子と登校したことなんてなかった蓮がなんで急に!?」
「一緒に登校してたのは俺のいる施設に入った新しい子で、学校までの案内役を頼まれただけだ」
何故か怒っている吉野に俺は簡潔に、昨日板垣としたやり取りを説明する。
「あ…そうなんだ…」
「ああ。というか吉野は何を怒っているんだ? そんなに徹の冗談に騙されたのが嫌だったのか?」
もしそうならこれからは徹のくだらない冗談に規制を掛ける必要がある。
「べ、別に怒ってる訳じゃ…。ただ…蓮にそういう子ができたなら少しくらいその…私に相談してくれてもいいのになって思っただけ…」
…何故?? そもそも俺には色恋沙汰は無縁だと以前に話したと思うのだが…。まぁ、高校生だし吉野もそういう話題が気になるというのは分からなくもないか。
そんな事を考えていると教室に予鈴が鳴り響いた。吉野と徹は自分の席に戻っていき、俺は一人で今後の板垣との接し方について頭を悩ませるのだった。
「きょ、今日からこちらの学校に転校してきました、板垣早苗です。よろしくお願いします。」
朝のHRの時間に板垣は転校生として挨拶をしていた。既にクラスで転校生の噂が流れていた為、クラスの連中は特に驚きは無いようだ。まぁ、一部の男子が興奮していたのは言うまでもない。
「はい、では板垣さんの席は…あそこですね」
担任教師が指をさしたのは廊下側の一番後ろの席。予め転校生用に用意していたのだろう。
ちなみに席は全部で五列。俺が窓際一番後ろで、徹は三列目、丁度真ん中列の後ろから二番目。吉野が窓際一番前の席となっている。
「ではこれで朝のHRを終わります。みんな、板垣さんの質問攻めはほどほどにね」
そう言って、担任は教室を後にした。瞬間、クラスの男子達が板垣の周りを取り囲む。
「ねぇ、板垣さんって前の学校で彼氏とかいたの?」
「お前直球すぎだろ!」
「いやー、板垣さんかわいいしさ。早めに手を打っとかないと」
「あ、あの…えっと。…ごめんなさい!」
そう言い放った板垣は駆け足で廊下に飛び出した。まぁ、無理も無いか。どう見てもそういう話題に付いていける子ではない。
「あ~あ、お前のせいで板垣さん逃げちゃったじゃん」
「お前の」ではなく「お前らの」のせいだと思うがな。
結局、板垣は一時間目のチャイムが鳴るまで教室には戻らなかった。