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二番目の大罪  作者: nonono
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二章 吉野葵の想いと決意

 高校一年の秋頃、私は一人放課後の誰もいない教室で数学のプリントをやっていた。昔から数学が苦手だった私は案の定、授業でもついていけず、こうして居残りで補習をしていた。生まれつきの明るい性格のおかげか、私は沢山の人と話すことができ友達と思える人にもそれなりに出会えた。でも、私が友達だと思っていた人は一度たりとも私に勉強を教えてくれたり、困ったときに手を貸してくれることはない。その程度の友達だった。そんな風に落ち込んでいながらプリントをやっている時に現れたのが彼だった。

「そこ答え違うぞ」

「ひゃ…」

 誰もいないと思っていた教室。しかも私の後ろから急に声を掛けられ、私は悲鳴のような声を上げてしまった。

「ああ、すまん。驚かせるつもりはなかったんだ」

「逢坂…君?」

 クラスメートの逢坂蓮君。入学してから事務連絡程度の話しかしていなかった彼を、当時の私は名前くらいしか知らなかった。

「えっと…どうしたの? もう下校時間なのに。忘れ物でもしたの?」

「部活が終わって教室を覗いたら、誰か残っているみたいだったから気になってな」

「そっか…えへへ。実は居残り補習しててさ。私バカだから…」

「そうみたいだな」

「フォローしてよ!」

 話してみると意外と普通というのが彼の第一印象だった。教室でもあまり話す姿を見たことがなかったからか少し驚いたのを覚えている。

「問一は公式に数字を入れるだけだ」

「え?えと…こう?」

「そう。問二もおんなじ」

「…」

 不思議だった。ロクに話したことのない、友達でもない私にどうして勉強を教えるのだろう。ただ、実際にそういう人がいてくれるのは今の私にはすごく嬉しい事だ。そんな事を考えながらプリントを埋めていく。

「でき…た」

「ああ」

「あ、ありがとう。逢坂君、頭いいんだね」

「教科書見れば誰でもできる」

「でも、教え方も分かりやすかったし…。」

 彼は無言でドアの前まで行き振り返った。

「外暗くなってるから気を付けて帰れよ。じゃあ」

 そのまま教室を出て行った。…照れ隠し? けれども私はその一件があってから彼を意識し始めるようになった。


 余計な事をしただろうか。帰り道に俺は少々後悔していた。

「クラスメートなのは間違いないんだが…」

 彼女の名前を思い出せなかった。クラス内でよく女子同士で楽しそうに話していたのは知っていたし、何度か会話した覚えもなくはない。なのに名前が思い出せない。

「名前も覚えてないクラスメートに勉強教えるのは如何なものだろうか…」

 別に彼女が気になったとかそういう感情は一切ない。でも女子生徒があまりに遅く帰るのも問題だし、何よりも俺自身が彼女が居残りしているのを見てしまった以上、知らない振りはできない。というか、その辺の考慮は教員がすべきだと思うのだが。

「まぁ、いいか」

 別に彼女にどう思われようがどうでもいい。むしろ今回のお節介で俺の事を警戒するかもしれない。それでも俺の普段の生活にはなんら影響はないだろう。今まで通り、安定した高校生活を送ろう。うん。

 そして俺のこの考えは、僅か二十四時間も経たずに間違いであったと訂正されることになる。





 それから私はよく彼に話をした。彼は話しかければきちんと話をしてくれたし、私の話も色々と聞いてくれた。陰で何を言われてるか分からない女子同士よりも、彼のほうがきちんと話を聞いてくれたし、適切なアドバイスもしてくれた。彼を下の名前で呼ぶようになり、何度か彼に勉強を教えてもらうのを頼むこともあった。嫌な顔しつつも彼は協力してくれたし、私はそれがとても嬉しかった。そうして彼と話すうちに私は自分の恋心に気づいていった。

「ねぇ、蓮は好きな女の子とかいないの?」

 図書室で冬休み前の定期試験の勉強をしている最中に、私はふと尋ねてみた。

「急に何を言ってるんだ。勉強しないなら俺は帰るぞ」

「いいじゃん、休憩がてら教えてよ。蓮のそういう話」

「意味が分からん。そういう事は俺には縁がない」

「なんでよ?」

「施設暮らしだからな。普通に学校通ってるだけで精一杯だ」

 初めて聞いた内容だった。家の事を聞いたことはなかったけど、まさか施設で暮らしていたなんて…。

「えと…ごめん」

「なぜ謝る? 別に俺は施設暮らしに負い目などないし、気にしていない」

「で、でも! 施設で暮らしてても恋愛には関係ないじゃん!」

「そうは言っても、一般家庭より自由はないしな。そもそも俺の容姿と性格ではそういう相手すら見つからない。だからその手の話に関しては俺は一切縁がない」

 そう言いきった彼は変わらぬ表情のまま手元の本に目を向ける。別に容姿は悪くないし、性格だって口下手なだけですごく優しい筈なのに…。彼がそこまで自分を卑下するのがすごく残念で、同時に私しか彼の本当の姿を理解していないと思えることが嬉しくて、私はよく分からない気持ちになりそのまま黙ってしまった。私が…。私が彼の特別になろう。彼を想い続けていつか私を想ってくれるよう。そうなるように精一杯努力をしよう。何があっても…。私はこの時、そう心に誓った。


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