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序章『ヴァーチャル・ストリート・ファイター』 09

────目覚めれば、そこは見知らぬ天井であった。


シミひとつない白い天井。



「……どこだ、ここ」



脳内のどこを探しても、記憶になかった。

途方に暮れそうになるが、気を取り直す。

天井を見ても仕様が無い事だけでも収穫として、周囲を見回すことにした。


いつの間にやら、やたら肌触りの良い寝間着を着ていた。

加えて、今この時を逃すと二度と味わえるかどうかというレベルでふかふかのベッドに寝ていた。



「…………」



身の回りから、周囲へと意識を移す。


無駄に広い部屋だった。

ベッドの他には最低限の家具しかない。

物自体は僕の部屋よりも断然少ないはずなのに、

広さだけは十倍ぐらいあった。


調度品も、その尽くが高級感を感じるものばかり。

そういえばシミひとつない天井を見上げてみる────あ、やっぱりあった、シャンデリア。


しばらく部屋を眺め回した僕の感想として、ただひとつの言葉が思い浮かんでくる。



「……これは、ひょっとして」



────『非現実』な、印象を与える部屋。

そこから想像出来ることは……。



「僕は、あれから気を失ったのか……?」



状況整理。

そうだ……僕は、気を失う前の事なら鮮明に覚えている。




『俺はお前の事を日本人では無いと思っていた』


『お止めなさい』


『────ハッ、お嬢が』


『無双華陣』


『うるせえ、お嬢だ……!』


『……何だ、あれ』




そして繰り出される空中コンボ────。



(これを見てください、現実ですよこれ全部!)



自分の記憶に自分でツッコむのって疲れるなぁ。


そういえば、気付いたが。


……三角 冬華さんと神月 華憐さんのトンデモガチバトルの結末を、僕は見ていない。

決着を前にして力尽きた、と考えるのが妥当であろうが。


問題はその後どの様に決着が付いて、

その結果どうして僕がここに居るのか、である。


僕は路上で倒れた。

しかし目を覚ましたのは路上ではない。


つまり運ばれた────のであろう。


何処に?


ここは公共施設……例えば病院などの施設ではないようだ。


しかし、悪い待遇ではない。

僕の傷への手当てはされ、良いベッドで寝かされていた。


今の僕の現状に、

僕に危害を与える事を目的とする────三角 冬華さんのグループが関わっている、

という線は薄そうである。


急いで現状の打破を図る必要というものは、特に無さそうだ。



(それならゆっくりと散策でもしてみるか……? って、ん?)



何か音が聞こえた。

どこかで聞き覚えのある音だ。


隣の部屋……からだろうか?


僕はそろりとベッドから降りる。

それから歩幅小さく、音を立てないようにドアまで近付いて……開けた。



「…………うわぁ」



音の正体は────ゲームの音だった。


寝室よりも更に広い部屋。


体育館とかそういうレベルの部屋に、筐体がぎっしりと置かれていた。


ただしゲームセンターみたいに整列した配置ではなく。

パチンコのクギみたいな間隔で、乱然と、しかしどこか規則性を感じるようなそんな配置で。


色々なゲームが稼動していた。

しかしあらゆる筐体に人の姿は無く、無人。


見たこともないような昔のゲームから、海外のゲーム。

果ては、つい最近稼動したあらゆるジャンルのビデオゲームが、

誰にもプレーされることなくデモ画面を流し続けている。


数十のデモ画面は音が無く、映像だけ。

寝室まで聞こえた音は、これらではない。


部屋の中央……そこから聞こえてきている。

そして近付くにつれ、その音が何なのかわかってきた。


一番中央の筐体……そこだけ、プレーしている人間が居るみたいだった。


さっきから聞き覚えのある音だった。

それが今、確信に変わる。


クロセクだ。


────この部屋の中央で今、誰かがクロセクをしている。


そこに座っている人間が、きっと僕をここに連れてきたひとだ。

このとき僕は、フラグとか運命だとか、そういうものをバリバリに感じていた。

というか誰だってそうだろう?

この状況、こういう流れで誰かが登場するとすれば、きっとあの人に違いないって思うだろう?



「フォ────ゥ!!」


「…………えッ!?」



しかし、そこに座っていたのは見知らぬ、太った男だった。



「…………あ、君、目が覚めたの?」



ホモサピエンスから派生する、ピザとかデブとか呼ばれる類の人種であった。

しかしその顔には、よくわからないが強烈な愛嬌が宿っていた。


一目見たら忘れないタイプの人物である。

人の事は言えないかもだが。


ともあれ、いつまでも出会い頭にヒヨっている訳にはいかない。

出会ったからには会話せざるを得ないシュチュエーションであった。



「あ、あの。

あなたが、僕をここまで運んでくれたんですか?」


「違うねェ」


「はぁ、そうなんですか?

それでは……ご存知であればよろしいんですが、一体どなたが」


「よくわかんないけど、触手じゃないかな」


「────今なんと?」


「触手だと思うよ」



…………触手?



「僕はここまで触手に運ばれてきたんですか?」


「そうとしか思えない」


「親切ですね、触手」


「触手フォ────ゥ!」



……………………。



「まぁつまりね、君は敗北したよね」


「……あ、はい。まぁリアルでボコられましたね」


「すると触手が生まれる。

正規ルートから外れたからさ」


「正規ルート?」


「君は結界を破らずに人影を追ったり、

最後の最後で簡単に諦めたりしなかったか?

だから触手が生まれたと言えるんだよ」


「はぁ」


「逆に言えば、生まれたのは触手だと言える」



別に逆になってねえし。



「とにかく、触手に選ばれたのだ君は」


「よくわかりませんが光栄です」


「別に絡んでしまっても構わぬのだろう?」


「それはちょっと……」


「うむ。見所感じる。

触手友達になろう。しょくとも。しょくとも熱いよ?」


「しょくともについては考える時間をくれませんか?」


「あまり長考すると触手が来てしまうまである」


「それでもいいので」


「確かに……」



うーん、多分この人あんまり日本語通じないかな?


微妙に話しかけた事を後悔してしまう感じの人である。

しかし話しかけざるを得ないシュチュエーションだった。


話かけた事を若干後悔してしまう部分も無きにしも非ずんば虎子を得ずである。まさに。



「そういえば君、クロセクやるっぽいね?」



……だから、そんな心境であっただけに、

唐突でもマトモな話の振りに、箱舟に乗った人類の心境になる。



「あー。はい。

始めたばっかで、下手ですが」


「最初は仕方無いまであるよ」


「そうだとは、思うんですけどね」


「よし、決めた」



彼は立ち上がる。



「しょくともだけでなく、君とはクロセクフレンドになろう」


「あ、そっちはありがたいです」


「クロセクフォ────ゥ!」


「……フ、フォーウ」


「よし、歓迎しよう」



そう言うと、彼はリモコンの様な物を取り出す。



「……なんですか、それ?」


「スイッチ、オン」



ばちん、と音も光も消えた。


彼がスイッチを押した瞬間だった。


少しでも音や光が存在した空間、そこにある情報全てが、一瞬にして暗闇で遮断された。

しかしそれも束の間。



『ザ・サードインタァーセクショォーン!』



「…………わぁぁ」



反転して、部屋は音と光に満ちた。


部屋の中にある筐体。

その全て、ひとつひとつが、全く同時に、全く同一のゲームの稼動を開始させたのだ。



『FIGHTER'S CHRONICLE THE THIRD INTERSECTION』!



その歓迎は、全く幻想的ではなかった。


非現実的でもなかったし、しかし現実に何か起きたわけでもなかった。

くだらなかった。

つまるところ、本質はまるっきりくだらない歓迎。


それなのに、何故か僕はこの演出に、心をザワザワと突き動かされていた。


『くだらない』のに。


……それがどうした、って事なんだろう。


むしろくだらないほど楽しいんだ。


そんなのがゲーマーという人種なのだろうなと、ふと思える。



そんな心境を汲み取るかの様に、丸い彼は言った。



「ゲームを愛するこの気持ちに、乾杯」


「……乾杯」


「あと触手にも」


「しょくともについては……」



何とか僕と目の前の彼との距離感を計れつつあった。


やっと少しは落ち着けるか。

────いや、まだ何一つ現状がわかっちゃいないが。



「……もう、HEIM(ハイム)様ったら!

また勝手にクロセクボタンを押しましたわね!

お陰でわたくしのドリル地底ツアーも1853mで……ッ!」



そんな時、唐突に彼女は現れた。

筐体の影から、飛び出してくるように。



「…………あ、」


「あ」



そのくるくるとした金髪は、忘れようはずもない。

神月さん……確かフルネームを、神月こうづき 華憐かれん

さりげなく影で静かに、ゲームで地底探検していたようである。



「き、傷の具合は大丈夫ですか、痛みませんか?」


「ええ、まぁ……。

多分ですが、貴方のお陰で」



やたらとクロセクの稼動台数が多いこの謎の部屋で、

僕と神月さんは三度目の再会を果たしたのであった。

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