表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/36

序章『ヴァーチャル・ストリート・ファイター』 08

「あら、あれは……?」


その時の私はまさしく、ただの通りすがりに違いなかった。

視界の中で誰かが囲まれていた。


囲まれているヒトは────ああ、見たことがある。







……自分の身体ごと椅子を蹴り飛ばされたのだと。

そういうあり得ない事実に思い当たったのは、

ゲームセンターの床に叩き付けられて、しばらくしてからだった。



「俺はお前の事を日本人では無いと思っていた」



気付けば────僕の前には暗澹とした表情の、黒髪の彼女。

そして彼女の後ろには、露骨な格好をしたヤンキーが……盛り沢山。



「貴様の生き残る道は大量に用意していた。

そうだな────例だが、俺がニイハオ、貴様がサイツェン。

それならば日本文化を知らない可哀想な外国人、ということで教育的指導に留めただろう」



言葉を続けながら睨んでくる彼女。

……ひょっとして僕、絶対絶命?



「……あの、」


「喋るな、日本語が穢れる」


「いや、僕、何かしましたっけ」


「……ハァ?」



彼女の視線が、更にキツくなる。



「────貴様ひょっとして……精神病か?」


「心当たりが完全に無いわけでもないです……がッ!?」



言い終わるより前に、僕の身体は再び吹き飛んでいた。


先程と同じ攻撃────彼女の、蹴り。



「病院に帰れ」



ちょっとありえないぐらい吹き飛んで、身体が台近くから入り口までふっ飛ばされる。

追い討ちは……直接的には無いが。

後ろのヤンキー共の、押さえようともしない嘲笑がここまで届く。



「うるせえんだよテメエ。

いつもゲーセンでビービー騒ぎやがって。

カンに障るんだ……迷惑なんだよ」


「……あッ、ぐぁ、なる、ほど」



やっぱこのクセ、マズいよね。



「喋るなよ」



ガン、と頭を足で踏みつけられ、その上から睨みを効かせてくる。


なんて迫力。

睨むだけでここらの気温が下がったみたいだ。


店長さんが慌てた表情でヤンキー達を止めようとするも、

すぐに睨まれて実際に行動にはうつせずにいる。


……あー、いいですよ。

慣れてるんで、こういうの……。

店長さんの心配を頂くほどの身じゃないです……。



「二度と来んな。

つってもわかんねえかな。身体に教え込まねえとな」



彼女が初めて満面の笑みを浮かべる。

ただしそれは……どこまでも黒い笑み。



「If you sing before breakfast, you will cry before night」


「……日本語で?」


「クッ────アッハハハハハハハハハ!」



追加で蹴り飛ばされる。


今度こそ僕の身体は完全にゲームセンターの外へ弾き飛ばされる。


これまで気にしていなかったゲームセンターの店名が、

こうして失う段になって初めて目に入ってくる。


Paradiseパラダイス』。


────成る程、失って初めてわかるモノの典型だなあ。



「ハシャいだ貴様の末路はアソコだ」



首をカッ切るモーションと共に、彼女が親指で指し示す先。

……ホテル路地裏だった。



(本格的にボコられるのか……ちょっと、マズい、死ぬかも?)



倒れる僕の身体に、彼女がカツカツとブーツの音を立てながら近付いてきて……



三角みすみ冬華とうか

貴様を教育する俺の名前だ。

呼ぶことは許さんが、刻んでおけよ────貴様の心の傷、その奥深くにな?」



『ウッヒョートウカサマー!』『アネゴォォ!』『カッケー!ダカレテェー!』

彼女の猛威に、ヤンキーの声が後から続く。


ああ、僕は落とされるのか。


その獰猛な笑みと共に、絶望の底に、このまま。



「お止めなさい」



唐突に聞こえたのは、凛とした一声だった。

僕が砂にされるだけのシーンに舞い込んできた、突然の『闖入者』。



「────あぁ?」



魔王の様な視線を三角冬華なる少女が投げる。

その先にあったのは……その視線に揺るぎもしない女性。



────貴方様は、本当に楽しそうに格闘ゲームをしますのね。



……あの日の、非現実。


信じられないことに、彼女の姿が、今そこに立っていた。



(……ここで、何をしているんだ?)



目が合う。



「……貴方様とは二度目ですね……大丈夫ですか?」



……ひょっとして。

ひょっとしてひょっとして彼女は────。



「おい、そこの金髪のクルクル。

今、何て言った?

……異国の言葉を聴き違ってなきゃあ許してやるよ」


「貴方様に、確かな日本語にて。

お止めなさい、と言いました」



僕なんかを、助けようとしているのかっ!?



「────ハッ、お嬢が」



冬華の嘲笑。

共に、彼女の取り巻きのヤンキーが金髪の少女を囲んだ。



僕を助けるなんて……彼女の危険という対価を支払ってまで……?

まさか……いや、でも万が一!

──────そんなこと、あってはならないのだ!



「君……僕の事なんかほっといて、逃げ……」


「うるせえから」


「がふぁっ……!」



胸を思い切り、ブーツで踏まれ言葉が続かなくなる。


僕がクズなのは、どうでもいい。

でも、僕のせいで……どうにかなるのは……!



「ヘッヘッ……上玉だあ」


「どこの嬢様か知らねえが、俺らに逆らって膜保てると思うなよ?」



金髪の少女の姿が、野蛮な男達の背中で見えなくなっていく。



(駄目だっ……逃げて、くれ……!)



しかし無情にも、合図と思しき冬華の口笛が吹かれる。



「野郎ども、ショウ・タイムだ!

ファァァァァァァック!」


「ウオオオオオオオ!」



紡がれる魔王の言葉。

少女の姿は、ついに男達の背中で完全に隠され……!







「────神月流武闘術」



泥沼の喧騒においてさえ透き通る様な、彼女の声は氷の様に鋭利で。



「無双華陣」



しかし華の様に優雅に、しかし陽光の如く鋭く、激しく。






結果として。


彼女の姿は、ついに隠され…………なかった。



「────!、!? ……ッ!?」



多分当事者である彼女を除いて、何が起きたかは誰も理解できなかったと思う。


安心していい、僕もだ。


わかることと言えば……そう、とんでもないことだ。

とんでもないことが起きているんだと思う。


屈強とは言えないまでも、悪くない体格を揃えたヤンキー達だった。

それらが円陣を組んでひとりの少女を囲んでいた。


そんな彼らが揃って、吹き飛んでいた。



「…………えっ、えええええ?」



寝転がされた僕の周囲に、数秒前までニラミを効かせていたヤンキー達が、

白目を向いてバタバタと落ちてくる。


これひょっとして、彼女が全部やったんですかね?



「少し、大人しくしていただけると助かります」



神月流なんとか────を使った彼女が、余裕たっぷりに服を整えながら何か言っている。


あ、ひょっとしてキメですか?

技後のキメ台詞みたいなものですかね?



(つっ……つえええええええええええ!)



いや、正直強いとかそういう次元じゃない気が!


……と、違和感。


さっきまで僕の胸を踏んでいた足、その重量が消え────



「ッSYAHHHHHHHH──────ッ!」



瞬間、冬華が金髪クルクル少女に飛び蹴りでファーストアタックをキメていた。



「ハァ……全く、大人しくしていて欲しいと貴方様にも申し上げたつもりですのに」


「アハハハハハハァ!────テメェが黙れよおッ、お嬢!」



……と思いきや、片腕できっちりガードしているクルクルさん。



(……ひっ、非日常対決!)



閃光の如き飛び蹴りから、着地と共に首筋を狙う手刀のコンビネーション。

それすらも回避するクルクルさんに、しかし瞬く間に回し蹴りが即頭部を遠慮なく狙いを定めており────



(ぼ、僕はいつの間に……)



目にも留まらぬ、閃光の様な二人の攻防。



(格闘ゲームの『中』に入ってしまったワケなんだ?)



攻防を数度繰り返して、二人の姿が離れる。

妙に長く感じたその攻防は、しかし数秒に収まる。

つまり1秒あたりの密度のみが、限りなく高まっていた。



「やるじゃねえかテメェ。名前は?」


神月こうづき 華憐かれん、と申します。

貴方様は三角様、でよろしいですか?」


「上等だ、神月嬢」


「なるほど、いささか不満ですわね」


「……何がだ?」


「気に食わぬ人様に、名を呼ばれるというのは」


「────ククッ、カハハッ……テメェって奴は腕も立つし……何よりいい度胸だァ……!」



短い舌戦を挟んで、再び彼女達の非現実的格闘は再開される。


戦いはハイスピードな地上戦に留まらず、空中……く、空中!?



「………………おい、お前」



気付けば、僕の最も近くに落ちてきていたヤンキーが、

当たりが浅かったのか意識を取り戻していて。

目を白黒しながらこちらに声をかけてきていた。



「はぁ、何ですか?」


「……何だ、あれ」


「…………さぁ、僕にも皆目…………」


「だよな……」



取り巻きのヤンキーすら正気に戻るこの非現実格闘!



「繋ぎが、甘いですわよ?」


「その余裕、すぐに消えんぜ……!?」



(……………。

いやぁ、なんだこれ)



さっきまで、神月さんが心配だったけど……。


今では、リアルバウトストーリーと化してしまった物語の続きが心配だよ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ