序章『ヴァーチャル・ストリート・ファイター』 01
筋骨隆々とした男が、夕日を眺めている。
男の瞳に移るのは、しかし瞳の向こうにある焼けるような赤ではない。
拳を握る。
逞しくも傷付いた、激流に精錬された巌の如し拳。
そこには男の心が宿っている。
拳の奥にある、目前の夕日よりもなお燃え盛る男の心。
この拳を突き出した向こうにある、純然たるモノ。
ただ言葉一つあれば、男の望みは語ることができる───それは、『強さ』。
「…………まだ、遠い」
だから、男……龍原 拳が眺めるのは、夕日などという、取るに足らないモノではない。
その秘めた拳の奥にある、自らの望みであり────野心であるとも言い得た。
風が流れ、男の白い胴着が水面の如く揺らぐ。
目的に立ち向かう男の白い背中と燃える様な色調を誇る一面の赤、
それは宛ら一枚の絵画の様ですらあった。
時と場所は映る。
夜の暗闇に、月がささやかな光を提供していた。
月は太陽の鏡である。
ただし鏡面は鈍く、ぼやけているが……
それゆえに、人の心を優しく包むこともある。
月光の下を歩む男……それもまた同じく月の様な男であったが、
しかしその男から放たれるのは包み込む様なやさしい光ではなく、
月のもう一つの側面────人の狂気を呼び覚ます様な光をその瞳に湛えた男であった。
男の技が赤く煌めく。
鋭く空を裂いた拳に追随するは、鮮明なる狂気の赤き光。
「……楽しみだ、アイツを殺す日が……」
歪んだ笑みを浮かべながら、
男────明鳥 衝月は歩んでゆく。
月の光すら届かぬほどの、更なる闇へと。
闇を切り裂く様に、剣閃。
流星の様な一閃の向こうには、瞳を閉じた少女の姿。
鋭い太刀筋が風すらも生み出したか、
一つに纏めた黒髪が纏まりを残しながらも、ふわりと揺れた。
銀色の風が止んだとき、彼女は徐々に瞳を開いてゆき、
同時に刃を鞘へと収める。
やがて向き直る先には、濡縁に座して一礼をする、従者たる巫女服の女性の姿。
「────妖の、気配か」
世を憂う様に言の葉を紡ぐ女剣士の名前は、門守 珠姫。
制服を纏うただの女学生の様な彼女は、
しかして世の平穏を長きに渡って保ってきた、世界の守り手である。
……少しだけ、展開が速くなって。
無数の自転車が息苦しく行き交う街で、
ひとり、翼が生えた様な少年と、その少年が被っていた帽子が宙を踊る。
後方にはその少年の弟の姿。
こんな幼さでも、二人はこの街を守っている自警団の筆頭であり、
ちょっとした有名人であった。
雪の振る国。
水平線まで至る白い地平線は、城内から外を伺う長身の男のサングラスにも映っていた。
その男の後方には、高貴そうな身分の少女が在る。
ただし少女の口元には身分相応なおしとやかな笑みではなく、
好奇心に満ちたスパイシーな笑みが浮かんでいた。
……それから、場面は特に目まぐるしく転換する。
小動物を小さな肩に乗せ、荒野を歩む小さな少女。
咳をしながらも天を力強く仰ぐ、白髪の男。
ランドセルから何やら犬の様な精霊を生やした(?)少女。
多くの兵士を従えた、瞳に冷たい色を湛えた女性。
鞄に、自分の名前だろうか……?
『のりやす』と書いた露骨に冴えない学生風の男。
さまざまな光景────そしてそれぞれに佇む男達の視線が交差して、
視線はやがて光となり、合わさって爆発する。
爆発の煙の向こうから現れたのは……とにかく派手に彩られた、大きな文字であった。
『FIGHTER'S CHRONICLE THE THIRD INTERSECTION』