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彼の名前  作者: 柿衛門
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別れの日

 

 凛は彼と別れたことも、見知らぬ世界で過ごした数日も夢ということにした。

 あまりにもリアルで夢というには納得は行かないが、どちらかに戻ることもなかったのでそう思うしかない。


 そうしながら遡った一月を、度々既視感を感じながら過ごしていた。


 平日も週末もいつも通り。

 

 以前、彼と別れた日も特に何もなく二人で過ごした。

 そして漸く夢だったのだと、納得することができた。

 

 二人で映画を見て、夕食を作っていつも彼と過ごす通りに過ごした。

 

 そして、彼の様子がいつもと違うことに気が付いた。


 どことなく余所余所しいような、心ここにあらずと言った様子だ。 


 もし、夢で見た通りのことが起こったら意思表示だけはするつもりでいる。

 たとえ結果が夢の通りでも。


「どうしたの、そんな顔して?」


「え? どんな顔?」


「怖い顔」


「……考え事していただけ」


 夢とは思えないほど心が痛んだ別れを思い出して泣きそうになるのを堪えた顔だったのだが、彼には怖い顔に見えたらしい。


「ねぇ、今村くん。疲れてるの?」


「疲れてる?」


 鸚鵡返しに訊ねる彼に凛は頷いた。


「うん。今日、いつもよりぼんやりしてるから」


「……いや、別に。疲れてはいないよ」


 彼が素気なく返事をすると二人は黙々と食事を続けた。

 やはりいつもと違う。

 お互い黙っていてもこんなに気まずくなることは今までなかった。

 

「凛。俺、違う女と寝た」


 気まずいまま無理に話すのもどうかと思い、黙って食事をしていた凛は彼の言葉で顔を上げた。


「え……? それって、高田さん?」


 あまりにも簡単にそれを言う彼に、何と言って良いのか分からない凛は思わず高田の名前を挙げた。


「知ってたのか?」


 それに対して何故か彼が不機嫌そうになった。

 お門違いも甚だしい。


「知らないけど……そんな気がしたの」


「そうか……」


 気まずそうに彼がそっぽを向いた後、暫くお互い無言だった。


 改めて彼の顔をじっくりと見て若いな、と見当違いのことを思った。


 伊達に長い付き合いではない。

 見た目と違い彼が浮気などするタイプではないことは重々承知している。


「私、今村くんと同じ場所にいられるように努力するくらいは好き――」


 ともすれば重いと思われそうな、だけど正直な気持を告げた。


「今日、凛と一緒にいて分かった……ごめん」


 その凛の言葉に彼は謝罪で返した。

 それ以外の言葉はなく、それが全てだった。


「……分かった……」


 結局、夢の通りになったなと笑う凛に訝しい顔を向ける彼。


「何でもないよ。あ、今後の参考にしたいから教えて欲しいんだけど」


「何?」 


「高田さんのどこが好き?」


「……凛はそのままで良いだろ?」


 凛の質問を曲解した彼はまた機嫌を悪くしたようだ。


「……もう今村くんのことは諦めるようにするから安心して」


 自分で言って可笑しかった。

 何を言っても空回りするし、彼の心には何も響かないのだろう。 


「じゃあ、俺帰るから……」


「……さよなら」


――結局こうなるのか


 凛と彼の結末は変わらなかった。





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