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彼の名前  作者: 柿衛門
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自分の部屋

――ピピピピッ、ピピピピッ……


 電子音が薄暗い部屋に響いている。


「ん……」


 凛は布団から飛び起きるとキョロキョロと周りを見回した。

 隣に目を向けるが誰もいない。恐る恐る手を伸ばすが誰かがいた形跡は感じられず、そのまま目覚ましのアラームを消した。


 妙に生々しい感触だけが残っている。

 男の感触を思い出した凛は無意識の裡に自分の体を抱き締めていた。


「……ゆめ?」

 

 夢とは思えないほどの現実感。


『お前は嫌ではないのか?』

 

 眉間に皺を寄せた不愉快そうな男の表情が思い出される。

 

 夢だと思っていたから気にもしなかった。 


――そうか、この人は嫌なんだ


『やめて!』


 男の顔を見た凛は拒絶の言葉を発した。

 夢の中でまで惨めな思いをするのは沢山だ。


 そう思っている間も男は凛に圧し掛かり、着ている物を乱暴に剥いでいった。悲しいことに力では敵わない。

 あまりにリアルな男の手の感触に、突然これは現実ではという疑いが頭をもたげた。


 その瞬間、目覚ましが鳴った。 


 長い上にリアリティに溢れる夢だったが、目が覚めれば一瞬だ。


 ちゃんと自分の部屋の自分のベッドにいる。


 夢は夢でしかない。

 凛が生きる現実はここだ。


 鏡の中には真っ青で隈がくっきり浮いた、ひどく疲れた顔の自分がいる。


 冷たい水で顔を洗い、歯を磨きながらお湯を沸かす。

 いつも通りの行動だが違和感を感じる。


 カーテンを開けてミルクたっぷりの紅茶を淹れて冷ましながら飲んでいると、今度は携帯のアラームが鳴った。




*


 いつものように洗濯と掃除で日曜日の午前中は終わった。


「何しよう……」


 ポツンと呟いてから、思い出した。

 いつもと同じで良いのだ。

 毎週、彼と会っていたわけではない。精々一月に一日会う程度だった。


「あ、DVD借りてたんだ」


 週末に見ようと五枚も借りていた海外ドラマの存在を無理やり思い出した。

 そうでもしないと別のことを考えてしまう。明日からの仕事に備えて今日中に気持ちを切り替えたいところだ。

 

――そうだ、今日はコンビニでお昼を買おう。


 今日くらい良いよね、と呟きながら財布を持って立ち上がり一番近いコンビニへ向かった。

 

 四月の中旬にしては肌寒く、少し風が冷たい気がする。

 


***


「疲れた……」


 DVD五枚を一気に見終わる頃、凛はすっかり疲れた顔でグッタリしていた。

 ドラマの内容は頭にさっぱり入ってこずに、ただ画面を見ながら七時間近く過ごしただけだ。


 それだけではなく昼酒まで飲んでいた。

 そのような真似をするのは生まれて初めてだし、よもやそんな真似をするとは思わなかった。

 コンビニに行くと昼食以外に酒類に目が行ってしまい、つい買ってしまったのだ。

 そんなに飲まなかったせいか、すっかり酔いは醒めて、余計に気分が落ち込んだだけだ。


 空き缶を眺めながらぼうっとしていたが、母親のことを思い出して苦笑した。


「男に振られて昼酒なんて、お母さんに怒られそう……」


 そんなみっともない真似をするような人間だと思わなかった。

 

 彼との別れはまだ凛の中では未消化のままだ。

 当然だろう。高校から就職先までずっと一緒なのだ。別に二人で相談したわけではなかった。

 寧ろ、凛が彼と一緒にいたくて頑張った結果そうなっただけなのだ。


――あ、そうか……私、それほど彼が好きなんだ。今でもそう簡単に忘れられないくらいは好きなんだ。


 そんなことすら忘れるくらいお互いの距離は近過ぎた。


「寒いなぁ」


 身震いをしながらお風呂を沸かすために立ち上がった。


 もう四月に半ばだが、日が沈んだせいか肌寒く感じる。

 暖かいお風呂で体を温めてからちゃんと寝よう。




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