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彼の名前  作者: 柿衛門
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罪悪と死



 道路の向こうに見えた凛を追っていた今村は、いつの間にか意識を失っていた。どれくらい気を失っていたのか、気が付くと見知らぬ場所だった。

 血の臭いが充満して、それに相応しいといえる死体の数。明りは一切なく、月と星に薄く照らされているだけなのにはっきりと見えた。だが、今村にとってそれは些細なこと。


――凛を探さないと


 そうして周囲を見渡すと建物の影が見えた。石で造られた柱と屋根だけの大きな建物は、神殿のようにも見える。どちらにしろ今まで自分がいた場所ではないようだが、それすらもどうでも良かった。

 

――凛がいるならどこだって良い


 どこにいるのか分からない凛を求めて歩き始めた。





 どれくらい歩き続けたのか、服はボロボロになって体には腐臭が纏わりついていた。それでも歩いて歩いて、探し続けた。そうして辿り着いたのは、初めにいた場所。石造りの神殿を見たときに絶望した。


 世界のどこにも凛はいなかった。


――会いたい


 遠くからでも良いから、もう一度だけ見たかった。笑ってなくても良いから現実のものとしての凛を一目見たかった。


――凛


『亨くん……』


 探していた人とは違う、だが優し気な声が聞こえた。


『亨くん……』


 顔を上げると、見覚えのある女の顔。

 だが、その女の顔は懐かしさや優しさを伴う記憶ではなく、痛みを伴う記憶を呼び起こす。


 心の奥底に仕舞い込んだはずの記憶。凛を突き飛ばした女の姿が形になり殺意がこみ上げてくる。


――……あのとき……俺が


 あのとき、躊躇って立ち止まったりせずに凛の許へ走っていけば良かった。

 たったそれだけのことだけだったのに。

 

 凛が死んだことを――殺されたことを認められない。それを認めてしまったら二度と会えなくなってしまう。


――だけど、俺は……


『亨くん……忘れて良いんだよ』


――イヤだ、忘れたく、ない


『もう忘れよう。全部忘れよう、ね……』



*


――その中で、血で染まったように赤い大地に蹲る黒い髪の男と、駆け寄る女が見える。

 女が男の体を抱き起こすと、男は泣きながらその胸に縋った。

 女も泣きながら抱き締めると、男は苦しそうに震え始めた。のた打ち回る体を、押さえるように抱き締める女。


 どれくらいそうしていたのか、男が立ち上がると全ての人間は武器を降ろした。そして、地に跪く。

 立ち上がったとき、男の髪から色が抜けたように白く光っていた。

 皇帝が誕生した瞬間だった――



 彼は絶望も殺意も全て、自分の名前ごと捨てた。

 



*


『凛、戻ろう』


 幻のような光景は一瞬だったのか、今村の声で正気に返ると凛の視界に道路の向こうから走ってくる今村が入ってきた。


『ダメだよ……今村くんがこっちに来る』


『良いんだ』


 走ってくる今村から、目の前にいる今村に視線を戻すと柔らかい表情で笑っている。


『だって、あの世界に行――』


 目の前の今村は喋っている凛を遮り頭を振った。


『行かないと凛に一生会えない』


 その言葉に凛はハッとして走ってくる今村を見つめてから、目の前の今村を見つめた。


 今村があの世界へ行かなければ、凛はあのまま。死んだきりで終わりになるのだろう。


『今村くん……私――』


『俺には、あの世界が何なのか分からないけど、凛はあの世界では生きている』


『そうだね……でも、正しいことじゃないよね』


 人間――否、生きている物は死を含めて生きている、ということではないのだろうか。

 それを否定して捻じ曲げてまで生きることが正しいことなのだろうか。


 死ぬのは怖い。


 だが、今村も高田も、死んだ凛自身でさえ正しくあるべきではないのだろうか?


 そして、あの世界も正さなくてはならない。あの世界に呼ばれた女性たちも。




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