疑問
「何の用だ」
断りもなく寝室に入ってきた四人に皇帝は射殺すような眼差しを向けた。いつもなら、情事の最中でも気にすることはないのだが、今は妙な苛立ちを覚えた。
「何を、してらっしゃいます?」
二人の恰好を見れば察しは付くはずだろうに、自分の口から出たあまりにも間抜けな問にアティフは思わず口を塞いだ。
だが、そう聞きたくなるほど二人はおかしな空気を醸し出している。
「話ならそちらで聞く」
皇帝はアティフの問には答えずガウンを羽織り、同じように凛にも掛けた。その一連の動きを具に見ていた妃と凛の視線が合った。
表情は穏やかで微笑みすら浮かべているが、妃の瞳には憎悪も殺意も籠っている。凛がゾクッと身震いをすると、妃はそんな凛から視線を外して暫くの間窓際を見つめていたが、無言で居室へ移動した。
「多分、お前の話だろう。お前も来い」
四人が寝室からいなくなると皇帝はいつもの皇帝に戻り、有無を言わさぬ態度で凛の腕を掴み居室へ移動した。テーブルにはすでに六人分のお茶が用意されている。
「随分やつれたのね……そんな体で、ちゃんと産めるのかしら?」
ガウンだけの心許ない姿の凛が小さくなっていると、呆れたような声で妃が言った。彼女の声に怯えたように身を竦ませると皇帝の手が凛の肩に回された。
「そうだな……。次の皇帝は、できるときにできるだろうな」
「その様子なら、すぐにでもできそうですわね」
「急ぐ必要はないだろう?」
妃の皮肉に笑いながら返すと、アティフは複雑な目で皇帝と妃を見た。三千年以上、仲違いなどしたことのない二人が剣呑なやり取りをしている。
「陛下、その娘はシャリファ様に刃を向けたことお忘れですか?」
「ああ。だからこうして、悪さしないように私が監視しているだろう?」
「しかも、フィランに争いを吹き込んだのですよ!」
薄らとした笑いを浮かべながら、ともすると凛を庇うような皇帝の態度に苛立ったアティフがとうとう声を荒げた。
何も考えたくないし、聞きたくないし、妃の顔を見たくもないと俯いていた凛が、それを聞いて顔を上げた。
「私、そんな――」
「そんなことはしていない」という否定の言葉は、皇帝の手で口を塞がれて遮られた。
「黒髪の女が戦争を唆した、か? 黒髪など珍しくもないだろう?」
皇帝の言葉と含みのある視線に妃は表情を歪めた。
「……陛下」
「用はもう済んだな? さあ、凛。さきほどの続きだ」
人目も憚らずに、凛のガウンの襟元に手を掛けて首や胸元に唇を押し付ける皇帝。
その様子にアティフは苛立ちを露わに、双子はニヤニヤと笑いながら出て行った。
「どういうおつもりです、陛下?」
彼らが出て行った後も、その場に残っていた妃は平静に見える表情で二人を見ている。
「その女に、子ができない薬を飲ませているのでしょう? 陛下」
聞こえない振りをしていた皇帝だが、凛の驚いた顔に動きを止めて体を起こした。
「陛下、その女は次の皇帝を産むためにここにいるのですよ?」
――産んだら殺される
既に一度殺されている。二度目も何の躊躇いもなく同じように殺すのだろう。
皇帝は怯えた顔をする凛の頬に手を当てながら妃を振り返った。
「……私は種馬だな」
妃を振り返った彼の顔は凛には見えない。
***
皇帝の私室を出た三人は執務室へ戻っていた。
「一体陛下はどうされたのだ? 次を産ませるおつもりがないようだが?」
疲れたようにソファに体を沈ませているアティフが唸るように口にすると、双子は顔を見合わせながら笑った。
ふと、懸念していることがアティフの頭を過った。
「……まさか、壊れ始めているのか?」
「でも、陛下から狂気は感じられなかったけどねぇ」
「だが、明らかにおかしいだろう? いつもの陛下とは違う……あの女が来てからだ」
アティフが苛立ちを声に含ませながら言うと、双子は首を傾げた。同じタイミングで同じ動作をする双子を見ながらアティフは余計に苛立ちを募らせた。
「あの娘が来てからしばらくは何事もなかったよねぇ? まぁ、楽しそうには見えたけど」
「明らかに、変わったときがあるだろう? アティフ様」
「そんなの――」
「分かり切っている」と言おうとしてアティフは口を噤んだ。
妃が刺されたときからだろうか?
戦争が始まったと聞いたときからだろうか?
いや、違う。
そこに怒りはあったが、今のような「おかしさ」はなかった。
ソファに体を沈めたまま目を閉じたアティフは両手で顔を覆った。
「継承の間」で倒れている凛に斬りかかった後からだ。あのとき、あの場でアティフ自身感じたのではなかったか?
――彼女が死ねば、皇帝が狂ってしまいそうだ
***
「どうして……?」
あの女。
あの女が台無しにした。私と彼の邪魔をする女、ササキ・リン。
振り返った彼の顔。目。
あんな目を向けられるなんて……。
「あの女のせいなのね……」
なら、殺してしまえば良い。
もう一度、殺せば良いだけ。
「……だめよ」
皇帝を、彼を産めるのはあの女だけ。
どうしてあの女なの?
彼は私を選んだのに、どうしてあの女は邪魔をするの?
***
「お茶をおもちしました」
お茶を持ってきたナイマをぼんやりと見ながら凛は呟いた。
「……避妊の薬ってどういうこと?」
「も、申し訳ございません」
謝ったということは彼女が何かに薬を混ぜて凛に飲ませていたのだろう。凛は溜息を吐きながら頭を振った。
「謝ってほしいわけじゃないの。理由を聞きたいの」
「陛下の、ご命令です」
「どうしてそんなことを?」
ナイマに理由を聞いても分からないだろうが、つい口を突いて出た疑問。だがナイマは意外なことを告げた。
「お世継ぎが産まれた後、凛さまをお守りできないと仰られていました」
「……どういうこと?」
――妃と彼は私が邪魔なんじゃないの?
先ほどのことを思い出しながら、凛は眉間に皺を寄せながら考えた。
首を絞める皇帝には確かな殺意があった、ように思える。だが、そのあと泣きながら縋ってきた彼は一体?
そもそも彼は――?




