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彼の名前  作者: 柿衛門
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繰り返す夢


 皇帝は見知らぬ場所に立っていた。

 正確には見知らぬ場所ではない。


 夜空を見上げると、曇っているのか星も月も見えない。

 ただ、あちこちに灯りが灯っているおかげで暗いわけではない。


 日が沈んでどれくらいか分からないが、そこそこ人通りがある。


 そして時折、すぐ横の大きな路面を物凄い速さで何かが通り過ぎていく。

 路面は砂利でもなく草地でもなく、見慣れぬ黒い物質で覆われいる。


――またか……


 そうこうしていると、幅の広い路面の向こうにいる見知った人間がふら付いて路面に倒れ込むのが目に入った。

 

 そこへ一際大きな馬車が走ってくる。心の中で舌打ちをするが、やはり声も出なければ足も動かない。


 以前は道路の向かい側だったが、凛の十メートルほど後ろで、彼女が跳ねられるシーンを見ていた。

 いつもそこで目が覚める。


 執務が身に入らず休憩時間に私室へ戻り凛の体を貪っていたのだが、いつの間にか眠ってしまったようだ。


 凛を連れ戻してから何度もこの夢を見る。まるで何かを告げるかのように――


「なにか、あるのか?」


 丸くなって寝ている凛の寝顔を見ながら呟くと、誰かの声が頭に響いた。


――俺は知っている。見た、んだ


「……見た?」


――お前が、凛を……嘘を、ウソを吐いたな! 殺してやる……コロシテヤル


「殺して、やる……」




***


 アティフは執務室の机の上をじっと見つめていた。正確には机の上に置いた乾いた血がこびり付いた短剣を。


――あの方にも血が流れているのか……


 妃が刺されたことよりも、そちらが気になってしょうがない。

 誰もが彼女を害そうなどと思いも寄らない、世界で唯一の貴い人(シャリファ)。彼女に刃を向けるのは世界に刃を向けるのと同じこと。

 例外は異界から来た彼女たちだけ。それと――


「ねぇ、アティフ」


 没頭していたため、人が入ってきたことに気が付かなかった。

 突然声を掛けられ顔を上げると、いつのまにか妃がいた。アティフは短剣を急いで書類の下に隠した。


「どうなさいました、シャリファ様?」

 

「あの子が戻ってきてからだいぶ経つけど、もう皇帝はお腹にいるのかしら?」


「さ、さぁ……私は何も聞いておりませんが……」


「少し様子を見に行きたいのだけど……」


 小首を傾げて少し困ったように微笑みながらアティフを見ている。


「私も気になるのでご一緒させていただけますか?」


「ええ」


 念のためにランとレインも連れて行くことにした。アティフが先導して妃の両脇をランとレインの二人で挟み皇帝の私室へ向かう。




*

 

――オレガ、コロス……

 

 苦しそうに顔を赤くして首を締める皇帝の手を離そうともがく凛。苦しさで目が覚めたら、皇帝に首を締められていた。


「ひっ……ぐっ……」


 意識を手放そうとしたときに手が離れていった。盛大に咳き込みながら呼吸を整えようとするが、恐慌状態で息が整えられない。


「げほっ、げほっ!」


「凛……」


 皇帝に名前を呼ばれて、咳き込みながらも距離を取ろうとしたが腕を掴まれた。


「や! 離して……!」


 殺されると思いながら身を縮めると皇帝の様子がおかしい。


「凛……どうして死んだの?」


「なに、を……?」


「どうして、俺を置いて、死んだの……?」


 腕を掴んでいない手で凛の頬に手を伸ばしてきた。気のせいではなく皇帝は苦しそうな声で涙を流している。まるで彼が首を絞められたかのようだ。


「陛下……?」


「どうして……名前で呼んでくれないの?」


――私はアナタの名前を知らない


 そう言おうと思った凛は、あまりに苦しそうに泣く彼の様子に口を噤んだ。


「くるしい……凛のいない世界は、いたくて、くるしい……」


 滔々と涙を流し続ける男の姿は、皇帝でもなんでもなくただの男にしか見えない。


――どうしてなの? この人はどうして泣いているの?


「……いまむらくん?」


「陛下はいらっしゃる?」


 凛が声に出した名前は、妃によって遮られた。




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