終わる平和
二月ほど経ち、皇帝の私室での生活に慣れてきた凛は、徐々に生活のペースも出来上がっていた。
午前中は庭の散策、午後はナイマからこの世界のことを教えてもらう。
落ち着いた頃に言葉が通じることに気が付いたが、今更な気がしてあまり気にしなかった。
庭は『皇帝の庭』という迷路のように入り組んだ造りの庭で、少しずつ散策範囲を広げて、今ではすっかり配置を覚えた。
最初に思った通り、地球と似た植物が植えられている。
「外に出てみたいです」という凛に、皇帝は良い顔をしなかった。だが粘る凛に折れて、「私が案内しよう」と言って連れて行ったのが『皇帝の庭』。
あまりの凛の喜びように「いつでも来て良い」と許可を出してしまった。
その代わりと言っては何だが、凛にキスをする権利をしっかりもぎ取った。
「……戦争が良いとは言わないけど、戦争があるから技術が発達――」
凛は慌てて口を噤んだ。休憩の合間に私室へ戻ってきた皇帝と戦争についての話題が出たときだった。
「技術や文明の発達とは人を殺してまで成し得なければならないことなのか?」
それは見たことがないくらい悲痛な表情で、凛に語りかける。
「死ななくて良い者が、理不尽な暴力によって殺されるのだ……良いわけがないだろう」
「……ごめんなさい」
「謝るな……死んだ者は生き返らない」
違う。皇帝にそのような悲しい顔をさせてしまったことを謝りたかった。
戦争に関する凛の知識は全て、教科書、本やニュースで見るだけで実際目の当たりにしたことはない。
それを文明や技術と引き換えに、肯定するような発言をしてしまったのだ。何て迂闊な、と思ったが出したものは引っ込められない。
気まずい雰囲気のまま、休憩は終わったが皇帝は凛にキスをすることを忘れない。
最初は触れるだけだったキスは、最近熱を帯びてきている。今日は、先ほどの気まずさを済崩しにするような貪るような物だった。唇から凛の全てを喰らい尽くそうとしているようだ。
凛がぼぉっとしてきたところで、やっと皇帝の唇は離れた。
真っ赤になって口許を抑えながら俯く凛を微笑ましく思いながら、議会へ向かった。
***
皇帝が議会へ向かって暫くしてから、ナイマが遠慮がちに一冊の本を凛に渡した。
「これをお読みになってはいかがでしょう?」
『皇帝と聖女の物語』
挿絵も入っている子供向けに書かれている伝説物語のようだ。それをパラパラと捲りながら、この世界の文字まで読めることに気が付いた。
「あ、ありがとう」
ナイマの心遣いに感謝しながらページを捲る。
*
「へ、陛下に上申致したく」
真っ青な顔で震えながら叩頭する長の上申で事態は急変した。
「申せ」
「み、南のフィラン国が戦争を……」
「……何? 規模は?」
「彼の国は、失われた古代の兵器を復活させ、隣国のトーランを制圧した、と……トーランでは国民の四半数が喪われ……」
皇帝は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「私が、決めることではないのか? ……私は、世界の意に背いたのか?」
己が最後の皇帝だと思った。いや、そう思いたかっただけか。
***
帝国の基になった国はガイアス王国という。
その国は、優れた技術力を持ち国土を広げるためその技術力で兵器を開発して、近隣諸国に戦争を仕掛けた。
大陸中に火の手が上がり、大地は荒れ、人々の命は喪われた。その頃には誰がなんのために戦争を始めたのか分からなくなってしまっていた。
それに世界は嘆いたが、誰も世界の嘆きを聞き入れなかった。
そうしている間にも、大陸は血の海となり死で覆われて行く。
そしてその血の海から一人の男が産まれた。
銀の髪と、赤い血のような目を持つ男は世界に跪いた。
「私があなたに代わって人々を導きます。この先、何千年、何万年経とうとも、人々を導きます」
男が地上に現れ、その姿を見た人間達は武器を投げ捨て跪いた。
「私はお前達の礎となろう」
世界は涙を流した。
そして――
「貴女が、異界から呼ばれた方ですね?」




