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彼の名前  作者: 柿衛門
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求めるもの

 昼過ぎまで寝ていた凛はスッキリと目が覚めた。

 久しぶりに熟睡した凛が、「何時?」と呟くとナイマが時間を教えてくれた。地球と同じか分からないが、一日の時間を二十四に分けて二十四時間で数えている。時間の概念が同じで助かると言えば助かる。


 ついでにこの世界のことを教えて貰おう、と思いついたのもすぐだ。

 


*


「わぁ……すごい」


 凛はナイマが持ってきた地図を見て感嘆の声を上げた。

 測量技術が発達しているのだろう、凛が思い描いていたよりも遥に緻密な地図。だが、凛のいた地球の地形とは全く違う。


「陛下の治世が始まってから、人々の暮らしは良くなりました」 


「ふぅん……ここの、朝廷? の治世って長いの?」


「ええ。陛下の御世が始まって三千と数十年経ちます」


 凛は愕然とした。一つの朝廷の支配がそれほど長く続くとはどれだけなんだろう。


「そんなに良い支配者なの?」


「ええ。「良い」という言葉を使って良いのか分かりませんが……」


「へぇ……これは?」


 凛は様々な地図の中から丸められているものを解いた。

 それはどこかの都市の地図のようで、都市計画に基づいて開発されているのが素人にも分かる。


「そちらは帝都の地図ですね。今私達がいる都市です」


 「私は地図を読むのが苦手ですが……」と言いながらナイマが地図の記号を教えてくれる。それから帝国や大陸の地図を見ながら一頻り感心している。

 

 帝国は大陸の南西寄りに位置している。そしてその中心を差しながら「ここが帝都です」と説明した。その後、割と地図の好きな凛は一人で地図に没頭していた。


 帝国や近隣の国の地図を見ながら見知らぬ場所へ思いを馳せる。それは、凛にとって本を読むのと同じくらい心を刺激する。


「……あれ? この薄い、のは?」


 そうしてナイマが持ってきた地図を漁っていると、薄紙に点線で描かれた何かの配置図のようなものを見付けた。

 凛はそれを透かして見たり引っくり返したりしている。


「下水道の配置図だ」


「あ……」


 ふいに背後から手が伸びて、凛の手からそれらを取り上げた。

 凛が振り向くと、皇帝が取り上げた地図を丸めてナイマに手渡している。


「今日の議会は終わりだ」


「お疲れ様です」


 何と言って良いのか分からず、口を突いて出た言葉に皇帝は頷いた。それから手に持っている包みを開いた。中には小さな焼き菓子が入っていて、甘い香りが仄かに漂ってきた。

 

「……女はこういう物を好むのだろう?」


 首を傾げて凛を見詰めている。確かに嫌いではないが、すごく好きというわけでもない。


 凛が躊躇していると、皇帝の手が箱に伸びるのが見えた。

 朝食のことを思い出し、慌てた凛は「いただきます」と言いながら一つ頂いた。

 

 少し硬いが紛れもないビスケット。少しバターが足りない気もするがサックリとして美味しい。目線だけを上げて皇帝を見ると少しだけ不満そうな顔をしているような気がする。


「へ、陛下はお好きですか?」


 少し気まずくなって咄嗟に話題を振った。どう見ても好きそうには見えないが、見た目だけで判断するのは良くない。


「さぁ? 食してみれば分かるかもな」


 そう言って皇帝は凛をじっと見つめている。その顔からは何を考えているのか読み取れない。


「私の世話係だろう?」


 有無を言わせぬ物を感じた凛は一つ摘まみ、恐る恐る皇帝の口許へ持って行った。


「ど、どうぞ……?」


 皇帝は凛の手を掴み焼き菓子を口に入れ、凛の指をじっと見ていたかと思うと、徐に指を咥えて舐め上げた。


「……悪くないな」


 「ヒッ!」 という悲鳴を飲み込んでいる間に、皇帝は一つ摘み凛の口許へ持って行った。のだが、自分の指ごと凛の口へ押し込んだ。

 指で柔らかい舌を少々弄ってから放すと、凛は赤い顔で皇帝を睨んだ。恥ずかしさで心臓がドクドクと脈打つ。眼に薄らと涙が浮かんできたせいか、潤んだ瞳で見上げているようにしか見えない。


「か、からかわないで下さい!」


 彼の顔にはからかいの表情を見れば至って本気なのは分かるが、そうでも言わなければ居た堪れない。


 皇帝はフ、と笑った。御世辞にも笑顔とは言えない物だが、確かに笑った。


 その笑顔を捉えた瞬間、凛は泣きたくなった。


「もう一つ……どうした?」


「……何でもないです」


 凛の異変に気付いた皇帝は宥めようと手を伸ばしたが、その手を払い除けられた。

 

「あ……ごめんなさ――」


 いつの間にか凛は抱き締められていた。泣きたくなったときに抱き締めてくれる男に何故か心が安らいだ。

 求めていた彼ではない、良く似ているが全く似ていない男。


 凛が伸ばす手の先に、求めた彼はもういない。





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