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彼の名前  作者: 柿衛門
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皇帝の私室


 寝ている凛の口の中に、甘くて苦い味が広がった。

 暫くすると、皮膚を何かが這い回る感触がしてきた。しかしそれは決して嫌な感触ではない。

 

 薄ぼんやりと、暗がりの中愛する男の顔が見える。 


「いま、むらくん……?」


 回らない舌で男の名前を呼ぶと、男はキスでそれに応えた。


「わ……俺が好きか、リン?」


 頷きながら応えると、男は凛の中に入り荒く揺さぶり始めた。


 夢現でその熱に翻弄されながら自分を揺さぶる男にしがみ付いたときに、銀色に光る髪に気が付いた。

 

「やぁ……!」


 弱々しいが明らかな拒絶に苛立ちながら、繋がった女を離す気はない、とばかりにきつく抱きしめる。自分を刻むように動きながら、首筋に何度も吸い付いた。


「俺のものだ」


 凛の耳元で何度も囁く声に溶かされながら意識は沈んでいった。 



***

 

 朝の支度を終えて妃の宮から皇帝が出て行くと、ナイマが跪いて頭を下げていた。


「どうした?」


「リン様が、いなくなってしまいました」


 震える声でナイマが報告すると、皇帝は小さな溜息を吐いた。


「ああ……私の部屋にいる。あとで朝食を運べ。他言無用だ」


 皇帝の命令には凛の世話をしろというのが含まれている。


「……御意」


 ナイマは皇帝が立ち去ってから頭を上げて厨房へ向った。 



*


 寝心地の良い布団で寝ていた凛は、余りの心地よさにいつまでもグズグズと布団の心地よさを味わっていた。

 寝ぼけた頭で「起きなくちゃ」と思いつつ、でももうその必要はないんだと思い出しながら。


 そうしていると突然誰かが布団を捲った。明るい光が閉じた瞼越しに入り込んで眉間に皺が寄ってしまう。

 それでも起きる、という選択肢はない。


「もう少し寝ているか?」


 低くて通りの良い声が掛かるまでは。


「起きてます……」


 口の中でモゴモゴ言いながら何とか体を起こして、薄く目を開くと銀色が目に入ってきた。

 漸く目が慣れて来ると、ベッドの傍に立つ皇帝の姿が見えた。


「私の部屋だ」


 事態が飲み込めず、寝惚けた顔の凛に簡潔に説明をした。


「……え? 何で……?」


「私が連れてきた」


「そう。なんですか……」


 何が起こったのか良く分からない上に、寝惚けている状態で頭が追い付いていかない。


 水差しから水を注いだコップを渡しながら皇帝がそう言うと、凛は首を捻った。冷たい水は、起きたばかりで渇いた咽喉を潤すのに丁度良い。

 水を飲み干すとすぐに、湯で絞ったタオルを渡された。どうやらこれで顔を拭けということらしい。タオルは少し熱めで、柔らかい花の香りがする。


「……良い香りですね」


「ああ。女が好む花の香りらしい」


 そこですっかり頭が冴えてきた凛はおかしいことに気付いた。


「え? どうしてここに、連れてきたのですか?」


「……私の世話をしろ」


「……皇帝陛下だったら世話係なんてたくさんいるんじゃないんですか?」


「私は人に世話をされるのが嫌いでな」


 偉そうな態度でそう言う皇帝に、「じゃあ世話係いらないのでは?」とは言えず、思わず皇帝の顔をまじまじと見てしまった。


「……あ」


 それからしまった、と言う顔でそろそろと自分の体を見下ろした。突然、昨夜のことを思い出してしまった。

 服、というか寝間着のような物を着ているし、情交の痕跡もない。


「どうした?」


「あ、あの……え、と」


 赤くなってオロオロする凛を、面白そうに皇帝が眺めていると朝食が運ばれてきた。


「失礼致します。朝食をお持ち致しました」


 ナイマは静かに配膳を終えると、静かに隅に控えた。

 未だに凛がオロオロしていると、皇帝は「さあ、食すがよい」と言いながら自分は茶を啜り始めた。


 権力者が食べずに見ているだけというのは非常に食べ辛い状況だ。


「どうした? 箸が上手く使えぬのか?」


 そう言って凛から箸を取り上げると、「こうやって使うのだ」と言いながら丸い小さな野菜を掴み凛の口許へと持って行った。

 皇帝はこれ以上ないほど真面目な顔で凛を見ている。

 物理やマナーの問題ではなく精神的に食べ辛い状況は、食べなければならない状況になってしまった。




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