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彼の名前  作者: 柿衛門
12/31

凛の葬儀

タイトル通り凛のお葬式の描写があります。嫌だと思う方はお手数ですが、後書きに「あらすじ」を載せておきますので、そちらをお読みください。

 皇帝は見知らぬ場所に立っていた。


 夜空を見上げると、曇っているのか星も月も見えない。

 ただ、あちこちに灯りが灯っているおかげで暗いわけではない。


 日が沈んでどれくらいか分からないが、そこそこ人通りがある。


 そして時折、すぐ横の大きな路面を物凄い速さで何かが通り過ぎていく。

 路面は砂利でもなく草地でもなく、見慣れぬ黒い物質で覆われいる。


――これは……転んだら痛いな


 通り過ぎる馬のない馬車や路面を見て、ふと思ってから渋面を作った。

 

 そもそも痛みなど感じたことはないのに、と次に自嘲めいた笑みを口の端に浮かべた。


 そうこうしていると、幅の広い路面の向こうにいる見知った人間がふら付いて路面に倒れ込むのが目に入った。

 

 そこへ一際大きな馬車が走ってくる。


 そのとき何者かの声が頭に響いた。


――凛が、跳ねられた? 生き、てるの……?


 それは間違いなく彼女の死を示唆するものだ。


 それでも己の身体能力を以ってすれば、難なく助けられる――はずだった。


 声も出なければ足も根が生えたように動かない。


 ただそれが起こるのを黙って見ているしかなかった。


 何時振りに見た夢か分からないが――夢と分かっていても――胸が押し潰されるような圧迫感を感じる。


 動けないまま痛みを感じていた。




*


 咽び泣く声が聞こえて体が動くようになった。


 泣き声の正体は黒い服を着た女。

 顔は見えないが恐らく凛の母親だろう。


 黒い服を着た人間が次々にやってきて棺の前の小さな祭壇で何かをしている。


 弔いの儀式なのだろう、と思った。


 列に並んで箱に空いた小さな穴を見ると凛の顔が右側だけ見える。


――存外、綺麗なものだな


 どれくらい見つめていたのか、気が付くと棺は黒い馬車に乗せられ運ばれていった。


 棺は小さな鉄扉の向こうに行き、凛は煙になり灰になり、最後に小さな壺に納められた。


 そこから出ると、黒い服の男が俯いて立っていた。

 傍に同じように俯いた女が寄り添っている。


「今村君……行こう……」


 女に促された男が歩き出そうと顔を上げた。

 そして、二人の顔を見た皇帝は絶句した。

 

――あの男のせいで泣いていたのか?


 自分に似た顔の男。そして……



*


 目が覚めた皇帝は、妃を起こさないように静かにベッドから出ると、凛の寝ている部屋に来ていた。


 暗闇でも良く見える、疲労の色が濃く安らかさがない凛の寝顔にそっと手を伸ばした。

 頬は温かく、生きていることが分かる。そして泣いていないことに安堵した。


――なぜだ?


 他の女が泣いても心を動かされることはなかった。

 だが、凛が泣いているのだけは許せない。


 何に対して許せないのか分からないが。


――陛下を愛しているのです……


 そうだ。世継を産んだ女は泣きながら愛を告げてきた。

 それを受け容れることはなかった。


 だが、もし凛が……


「ならん」


 皇帝の想い人はただ一人。

 長年伴に過ごし、愛を分かち合ってきた妃のシャリファだけ。


 それでも、凛があちらへ帰ることも男の元に帰れることもないと確信している皇帝は昏い愉悦に浸った。

 




 皇帝は夢を見ていた。


 凛の葬儀の夢だ。


 棺は小さな鉄扉の向こうに行き、凛は煙になり灰になり、最後に小さな壺に収められた。


 そこから出ると、黒い服の男が俯いて立っていた。

 傍に同じように俯いた女が寄り添っている。


「今村君……行こう……」


 女に促された男が歩き出そうと顔を上げた。

 そして、二人の顔を見た皇帝は絶句した。

 

――あの男のせいで泣いていたのか?


 自分に似た顔の男。そして……



*


 目が覚めた皇帝は、妃を起こさないように静かにベッドから出ると、凛の寝ている部屋に来ていた。


 暗闇でも良く見える、疲労の色が濃く安らかさがない凛の寝顔にそっと手を伸ばした。

 頬は温かく、生きていることが分かる。そして泣いていないことに安堵した。


――なぜだ?


 他の女が泣いても心を動かされることはなかった。

 だが、凛が泣いているのだけは許せない。


 何に対して許せないのか分からないが。


――陛下を愛しているのです……


 そうだ。世継を産んだ女は泣きながら愛を告げてきた。

 それを受け容れることはなかった。


 だが、もし凛が……


「ならん」


 皇帝の想い人はただ一人。

 長年伴に過ごし、愛を分かち合ってきた妃のシャリファだけ。


 それでも最早、凛があちらへ帰ることもなければ男の元に帰れることもないと確信している皇帝は昏い愉悦に浸った。

 




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