第四話 戯志才と夏侯惇 中編
難産回、うぼぁ
私は戯志才から逃げ出してからずっと部屋で泣いていた。
「どれもこれも戯志才が全部悪いのだ!たしかに戯志才は頭が良い、私の判らない問題もするりと解けるし、華琳様にも認められている!だがあのときに戯志才が何を思っていたか知らないが、私が正しいはずなのだ!」
そんなことを一人でずっと言いながら怒って、泣いて、疲れて、いつのまにか寝てしまった。
その次の日から私はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
ずっともやもやしてて何かあると直ぐに当り散らしてしまう。
秋蘭ともちょっとしたことで口論になってしまい、お互いにギクシャクした関係になってしまった。
華琳様に凄く逢いたくなったが、最愛の妹である秋蘭とも喧嘩してしまうのだ。
敬愛する華琳様に当り散らしてしまったらと、考えるだけでも恐ろしい。
できるだけ華琳様と逢わないようにしようと思い、私は町の外に行こうと思った。
今日はどこか静かなところで、ずっとずっと剣でも振っていればいいのだ。
私は名案だと思い、剣と食料の準備をして玄関の戸を開けた。
すると目の前に一番会いたくない奴が居たのだ。
戯志才が何時ものぬぼーっとしたような間抜けな顔でこちらを見ていたのだ。
「おや?元譲殿、どこかに行かれるのですか?」
「ああ!私はこれから外に出るのだ!」
こいつの顔を見てると凄くイライラしてしまう。
「これは困りましたね、私は元譲殿に用があるのです」
「私には用はない!」
持っている剣で戯志才を切り殺してやれば解消されるのだろうか?
そんなことを考えていると、知らず知らずのうちに剣の柄に手を当てていた。
「今日は、自分が元譲殿に謝りに参りました」
「はぁっ!?」
「先日、自分は孟徳殿を元譲殿の言うとおり褒めるべきところでありました。自分は孟徳殿が傲慢になってしまい、怠惰になってしまうのを恐れてしまったのです。しかし、孟徳殿ならそのような心配も無いと考えを改めました。ですので今回はその事を元譲殿に謝りたいと思います、申し訳ありませんでした」
そういうと戯志才は頭を下げた。
大の大人が私のような子供に頭を下げているのだ、一体何を考えているのかさっぱり判らない。
なぜか凄く惨めな気持ちになってきて、私は戯志才を追っ払おうとした。
「し、知るか!私はお前のような奴が大嫌いなのだ!どこかに行って死んでしまえ!」
「私は元譲殿を嫌いではありません」
「はぁっ!?!?何を言っているのだお前は!私はお前を大嫌いだと言ったのだ!頭は大丈夫なのか?」
「元譲殿は良く質問をなされます、これは判らない事を誤魔化そうとしない誠実な事です」
「それはお前を困らせようと質問をしただけだ!」
「苦手としていた計算問題なども、解けるようにと人一倍の努力なされました」
「華琳様や秋蘭は私より出来るだろう!」
「そして何より心に正直に物を言われている、私は良い生徒を持ちました」
そういって戯志才は微笑んだ。
わかった、こいつは頭が良いが途方もない馬鹿なのだ。
いつも間にか怒りやもやもやなんてどこかに吹っ飛んでしまっていて、むしろ心がすっきりとしたようにも感じる。
だが、ここまでの事をしたのだから何か打算があるはずだろう。
「・・・戯志才、お前は私に何をさせたいんだ?」
私は困った顔で言うと、戯志才は笑顔でこんな事を言い始めた。
「そうですね、そろそろお昼ですから一緒にお昼なんてどうですか?」
私は戯志才に連れられて、とある飯店に着いた。
美味しいと噂の有名な店だったが、予約でも取っていたのか奥の部屋に案内される。
「代金は私が持ちますからお好きなものを注文してください」
そういって菜譜を差し出されたので、ちらりと値段を見ると驚いた。
この値段なら高級料理といって差し支えない値段で、具体的には私のお小遣いではこれそうに無いような額なのだ。
「私の記憶がたしかなら以前、お金はあまり多くは持っていないと言っていなかったか?」
「ええ、言っておりましたね」
「今日はここの食事を二人分払えるのか?」
そんな戯志才が払えそうにない額を奢るといっているのだ、私は財布を持ってきてはいたがそんなに入っていない。
そういうと、戯志才は笑い始めた。
「それでしたら問題ありません、今日の料理は全て無料ですから」
「む・・・無料?」
「実はこの飯店の主と懇意でしてね、とある料理本を貸す代わりに無料にしてもらったのですよ」
戯志才は笑いながら高級料理が無料のからくり教えてくれた。
「ですので、遠慮せずに好きなものをどうぞ」
「なら・・・コレとコレとコレと・・・」
ならばと遠慮せずに好きなものを頼んでおく、多目だったが私は良く食べるし、二人いるから何とかなるだろう。
運ばれてきた料理を一口食べると、あまりの美味さに料理にがっついてしまった。
美味い、華琳様ならもっと言い方があるのだろうが私にとってはこれしか言いようが無かったのだ。
気が付いたらあらかた食べつくしてしまっていて、お腹がはちきれそうだった。
「元譲殿の口に合ったようで良い食べっぷりでした、お茶はいかがですか?」
「ん、貰いたい」
戯志才が注いでくれたお茶も、今まで飲んだ事が無いほど美味しい。
「ふぅ・・・戯志才はいつもこういうものを食べたりしてるのか?」
「いえ、ですが美味しい物は好きですのであちこち巡ったりはしてますよ」
そこから暫く、お茶を飲みながらあそこの店の饅頭が美味しいとか、そこの店の焼き菓子が美味しいとかそういう話をしていた。
「おっと、忘れるところでした」
そんな話をしていると、戯志才は懐から本を取り出してこちらに差し出した。
「元譲殿に今回のお詫びとしてこの本を差し上げます」
「いいのか?」
「ええ、元譲殿のために作った本ですから」
受け取って少し見てみると、私が苦手だった計算などの方法を判りやすく書いてある。
「これで苦手な所を克服してください」
私はまた良く判らない気持ちになってしまった。
多分、嬉しいんだろうけれどそれともまた違った気もする。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
そういって戯志才が腰を上げると、入り口の方でバンッ!という何かを叩きつけたような音がした。
なにやら騒動を起こしている奴がいるようだ。
「この私を知っていて出来ぬと申すか!」
釣り目で線の細い顔の、狐のような小男が怒鳴り散らしていた。
文官服を着ている事からそれなりの地位なのだろうが、しかしそれを傘に来て往来の店にケチを付けるなどの行為を見ると如何にも小物臭い。
その小男の後ろではニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべた取り巻きもおり、恐らくタチの悪い役人集団と言ったところだろう。
「戯志才、すまんがアレを抑えてくれないか?お前は口が回るからこういうのは得意だろう?」
「はぁ・・・一体何が?」
騒動に気が向いていると、いつの間にか戯志才が店主らしき人物に声をかけられた。
「奴らが代金をツケにしようと色々と文句をつけていてな、帰りに菓子と茶もつける!だから頼む!」
「争いごとは苦手なのですが」
「とにかく頼んだ!さぁさぁ!」
乗り気でない戯志才を店主が強引に連れ出してしまった。
私は興味もあったので、ついていってみることにした。
入り口近くにはすでに人の輪ができており、戯志才がその中に押し出され、一人で多数と相対する形となった。
「あー・・・貴方は一体誰なのですか?」
「何!大将軍何進様の片腕であるこの逢紀を知らないと言うか!無礼者め!名を名乗れ!」
大将軍の片腕と言うほど偉い奴らしいが、私の記憶には全くと言っていいほど知らない名前だった。
きっと華琳様なら知っているかもしれない。
「私は戯志才と申します」
「戯志才だと!?ならば覚えているだろう!大学時代に好敵手であった私を忘れたと言うのか!?」
「周りに同じような事を言う輩が十を超えていましたので覚えておりません」
どうやら戯志才の知り合いらしいが、戯志才は記憶に無いと言うから影が薄い奴だったのだろうか?
「ともかく大将軍の片腕としてやっているのならば相応の給料があるでしょう、それともここの代金ぐらい払え無いほど困窮しているので?」
「ググッ・・・!ふん!そんなことなぞ無いわ!取って置け!」
逢紀は自分の財布を机に叩きつけると足を慣らして出て行ってしまった。
「さて、仕事も終わりましたし帰りましょうか」
あっさりと仕事を果たし、報酬を貰った戯志才はホクホク顔で私と帰り道に着いた。
帰り道で戯志才と色々と話をしながら帰っていた。
店の話、華琳様の話、武器の話、馬の話、異国の話、そういったようなを話をしていた。
全然関係ないような事柄ばかりなのに水が流れるようにすらすらと出てくる。
「戯志才は何故そんなに話しが上手いんだ?」
「半分は慣れでしょう、私は元譲殿と同じぐらいの年には大人との口喧嘩ばかりしてましたから」
そういって戯志才は少し苦笑したあと、続けてこう言った。
「残りのさらに半分は訓練ですね、知識を付け、どうやって話をつなげるかを考える事です」
「うぅむ・・・」
私は考えるより動く方が得意だから、そういったのは向いてないのかもしれない。
「戯志才!」
戯志才を呼ぶ声がするので見てみると、大通りのど真ん中に文官服を着た狐顔の小男がいた。
取り巻きと一緒にこちらを見ているが、名前はたしか・・・ホウジ?何が違う気がする。
「先ほどから何度も呼んでいるのに無視するとは何事だ!」
「それは失礼、元譲殿と話していたものですから」
「貴様はそうやって何時も何時も・・・」
「それで逢紀殿は何用ですか?」
逢紀は戯志才が尋ねると先ほどまで顔を真っ赤にして怒っていたのに、今度はニヤニヤと偉そうな顔をし始めた。
「貴様は大学を卒業しても官職にも就けず干されていると聞いたが」
「ええ、そうですね」
戯志才が小男の逢紀と並び立つと背の高さから、大人と子供のように思えてきた。
「今ここで叩頭するのならば私の下につけてやることも考えてやらんでもないぞ?」
「はぁ・・・」
「私が言うのもなんだが大将軍の片腕の部下になれるのだぞ?どうだ?」
さらに偉そうにする逢紀とそれを困った顔で見ている戯志才。
私の目には褒めて欲しい子供とどう諭そうかと困った大人のように見える。
「申し訳有りませんが断らせていただきます」
「私の誘いを断るのか!官職に就けるのだぞ!?」
「私は曹家にて家庭教師をしておりますし、官職には元々興味がありません」
野次馬から笑い声や歓声が漏れ始め、逢紀の顔がぐんぐんと赤くなっていく。
「ふん!どうせろくに教えられてもいないのだろう!」
「受ける方が優秀ですので苦労しておりません」
逢紀はいらいらとした様子できょろきょろし始めると、私に目をつけたらしくジロジロと見始めた。
なんとなく嫌な感じがしたので持っていた本を盾のように構える。
「一体何を勉強しているのやら・・・っ!」
逢紀が私の持っていた本を無理やり奪い、パラパラと本を読み始めた。
むかついたので殴ってやろうかと拳を握ったら戯志才に押しとどめられた。
「なかなか良い本を使っているじゃないか、どこで仕入れた?」
「それは私が書いたものです」
すると逢紀の顔が急に真っ赤になっていく、自業自得だと思い本を取り返そうとしたら逢紀は短剣で本をバラバラに切り裂いてしまった。
「こんなもの世に出る必要は無い!」
バラバラになる本を見せ付けられていろんな気持ちがよぎって行く。
逢紀はそのまま戯志才に何か言っていて、戯志才は逢紀より私のことを気にかけてくれていた。
「戯志才のような愚鈍が教師だと貴様まで馬鹿になるぞ!」
華琳様は戯志才を褒めていたし、戯志才は知らない事なんて無いような凄い奴だ。
知らないうちに手が剣に掛かっていた。
「ほれ!言いたい事があるなら言ってみるといい!何もいえないだろう!」
ならば言ってやろうと私は一歩踏み込んで剣を握り、思った事を全部ぶちまけた。
「私の師を馬鹿にするなぁぁぁぁ!」
私の中の何かが切れて、そこから覚えていない。
気が付いたら刀を振り上げた状態の私を戯志才が押しとどめていて、口が動いているので喋っているのだろうが耳に全く入ってこない。
「・・・元譲殿!落ち着いてください!元譲殿!」
聴覚が戻ったころには私の体の力がどんどん抜けていき、顔には何か熱い何かがかかって気持ち悪い。
私は悲鳴の上がる中、逢紀が真っ青な顔で逃げ出したのを見ているしかなかった。
今回は夏侯惇の一人称でした。
色々と変更を加えたら他の2倍の量になり、切るか悩みましたがこのままでいきました。
以前は
役職名<字<名<真名
の右の方が親しいと書きましたが、今回から名で呼ぶ事が多く出ます。
この辺りは戯志才が一歩引いてみていると思ってください。
作者がめんどくさくなったとかわかりにくくなったとかでは無い筈です。
きっとたぶん