幕の三 ~道場の主従?~
静謐な空間に打粉のポン、ポンという音が緩やかなリズムを刻む。
舞い散る白い粉はまるで新雪のように刃を覆っていく。
懐紙を咥え、刀身を打つ若者の表情は真剣であり、所作には優雅な雰囲気が漂う。
その姿は一枚の絵画を思わせ、まるでその場の時間さえも彼のものであるかのように、静かな空間を支配していた。
男「旦那様。お茶が入りましたぞ。」
打粉の音だけが続く。
男「若様。お茶が冷めてしまいますぞ。」
変わらず打粉の音だけが続く。
呼びかけ続けている老人は、ため息をひとつつき、
男「紅十郎坊ちゃま。お茶が…」
紅十郎「こう爺。その呼び方はやめろと何度言わせるか。」
ようやく若者 ―紅十郎― は刀を打つ手を止め、老人 ーこう爺ー の方を向いた。
その口は少々への字に曲がってはいたが。
こう爺「刀のお手入れもほどほどになさいませ。夜に刀を手入れするのは縁起が悪いと申しますぞ。」
紅「泥棒が入るとかいうアレか。こう爺は私が泥棒に負けると?」
爺「盗っ人が一人で入るとは限りませんでな。それになにより…」
紅「なにより?」
爺「押し込みなぞこの爺が驚いて心の臓を止めてしまいます。」
そう言って、こう爺は目を大きく見開き、胸のあたりを両手で抑えた。
夜なので声は控えたものの、きっと昼間ならば叫び声も上げていただろう。
紅十郎の表情が一瞬呆れ、そして困ったように、しかし大きく笑み崩れる。その顔はとても楽しそうだ。
紅「それは困る。こう爺に死んでまでずっと恨まれ続けては、煩くてかなわん。」
爺「そうそう。この爺は死んでも化けて出る…って何言わせんねん!」
思わず出たツッコミに、紅十郎は今度はニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
紅「こう爺、素が出てるぞ。」
その言葉にこう爺はハッ!と両手で口をおさえた。
それがまた紅十郎のツボにはまったらしい。
けらけらと笑うその姿は、まだ青年の域を出ていない、無邪気な魅力にあふれていた。
障子の向こうではいつの間にか雪が降り始めていた。
日が昇れば外の景色は一変しているかもしれない。
今日もオオエドのどこかでーー誰かが笑い、誰かが泣いている。
これは、そんな人々の物語
三話目のお二人。出演はちょっと変化球気味に。いや、直球だったことないですけどねw




