幕の五 ~桟敷の色男?~
桜・桜・桜・人・人・人・桜・桜・人・人・桜・桜・桜・人人人・人人・桜・桜・人…
男「…うぜぇ…人多すぎだろ。」
大きな桟敷の真ん中で、男は大の字にひっくり返り、ひとりごちた。
頭上の桜もうざい程に咲き誇り、空の色まで桜色に変わっているかのようだ。
本日の花見の場所取りジャンケンに負けた男は、朝早い時刻から他人のはしゃぐ姿を眺めさせられている。
場所取りが今日の仕事なので、気を抜く訳にもいかない。少しでも気を抜けば、たちまちゴザごと丸めて端に追いやられてしまう。
男「………いぃ天気だなぁ…」腕を頭の後ろで組み、ひざを曲げて空を見ている。陽光を浴びる桜の花は、春の訪れを全身で表すかのように…ように……
男「わっさわさ」…語彙力のない男のようだ。
と、彼の足元でひときわ大きな歓声が上がった。どうやら団体客が楽しんでいるようだ。酒も入っているせいか、なかなかに音量もある。
男「…どこからこんなに湧いてくるんだっつぅの。」もう一度、男は小声で毒づいた。
紅「そう言ってやるな。皆、楽しみにしていたんだろう。」
聞きなれた声に顔を上げると、そこには大きな風呂敷包みを抱えた紅十郎が立っていた。
邪魔するぞ。と一声かけ、桟敷に上がり込むと、紅十郎は持ってきた風呂敷を広げた。
中身は握り飯と沢庵、そしてお茶。きっと…いや絶対、食べる者の事を考え、愛情をこめて紅十郎自身が作ってくれたのだろう。そう。彼は真面目なのだ。
男「握り飯、でけぇよ。」自分の拳ほどもある綺麗な三角むすびに、思わず頬がほころぶ。
紅「…蒼太。どうした、何をニヤニヤして。」にぎり飯の作り主が失礼なことを問いかけてきた。
蒼「なんでもねぇよ。ってか、ぁんだよ、ニヤニヤって。」男 ―蒼太― は、鼻に皺を寄せて威嚇めいた声を出す。が、少しばかり舌足らずなので、なんとも言えず可愛らしい。と、紅十郎は心の中だけでほほ笑んだ。
と、ここで蒼太は紅十郎に尋ねた。
蒼「?こう爺は?」 いつもなら荷物はあの爺が持ってくるはず。
その問いに紅十郎は首をクイッと人込みへ向ける。むこうではかわら版屋が人混みの中を器用にすり抜けながら、かわら版をばら撒いている。紙の色が変わっているとかで、町で話題になっているやつだ。
その光景を見て、蒼太は「あぁ。」と返した。
シ「あ!いたいた!!蒼太くぅん!だてさまぁ!!」大柄な男が大きめの鍋…普通の人が持てば、結構な大きさの鍋なのだが…を持って大股でやってくる。その少し後ろをみどりがタライを抱えて桟敷へ向かってきていた。
シロは大鍋を早々に桟敷に置くと、一目散にみどりの元へ戻り、タライを奪って楽しそうにみどりの隣を歩いた。
大鍋にはおでん、タライには酒、茶などが氷と一緒に入っている。良いラインナップだ。
み「きっと炭水化物は だて様 が持ってきてくれるだろうと思ったから、ウチからはおでんね。」
紅「美味しそうだな。」
その一言にシロは大きくうなずいた。きっと尻尾があればブンブンに振れているだろう。
シ「お邪魔しまぁす♬」タライと一緒にシロが桟敷に上がる。
すると、桟敷がミシッと大きな音を立てて軋んだ。
蒼「おまっ!?壊すなよ!!」
シ「失礼な!壊してないよ!!タライが重いだけだよ!!!」
蒼「…んなわけあるかぃ。」
シロと蒼太の間に見えぬはずの稲妻が走った―――その時、
大「おぉぉぉーーーーーーいっっっ!!そぉぉーーーーーたぁぁぁーーーー!!!」
人波もかきわけんばかりの大声で、蒼太は呼ばれ―――いや、これはすでに攻撃か?かなり恥ずかしい。
「…大介君、声大きすぎ…」 「全くだ。あれじゃ俺達まで奇異の目で見られる。」
先に桟敷へ到着した目黒と黄市が連れ立って、来た道を振り向きながらぼやく。
皆、その言葉に心の中でだけ大きく頷いた。。
紅「今日はお前たち、一緒だったのか?」
目「はい。この花見客の多さなので、黄市と大介と共に見回りを。」目黒の報告に、黄市が小さく頷く。
紅「そうか。うん。ありがとう。」紅十郎は部下二人をねぎらった。
黄「これがアッシらの仕事ですんで。」今度は黄市が応え、目黒が小さく頷く。
大「あっしも!あっしも一緒に仕事しやしたよっっ!!。」
―――台風が会話に駆け込んできた…
蒼「見回りお疲れさんでぇす!」蒼太が大介に敬礼してみせる。
大「あ~りがとうございまぁす!!」と、大介は見回りに戻りそうな勢いで踵を返した。。
その状況に、シロと目黒、蒼太は大笑い。紅十郎も目じりを下げている。黄市は呆れたように腕を組み、
みどりは大介の暴走を必死に、しかし笑いながら止めていた。
紫「あぁ~、遅くなったぁねぇ。みんなお待たせねぇ~。」
皆が座った頃、今度はお紫乃がやってきた。道具を持ったままなので、コチラも仕事上がりに直接来たようだ。
黄「…誰もおめぇなんざ待っちゃいねぇよ。」
仕事で遅れてきた嫁につれない一言を返す旦那。これには嫁さん、カチンときた。
紫「……。」
黄「…なんだよ…」バツが悪そうに身じろぎする黄市。
と、お紫乃は何かに気づいたかのように、黄市の足元すぐ横を指さす。
紫「…あ、バッタ。」
黄「ぴゃっっ!!!」 黄市は座ったまま飛び上がるという器用な真似をしてみせた。
紅「お前さん、どこからその声…。」上司殿が苦笑いしながら問うてきた。聞かなかったことにしてほしい…
蒼「…狭ぇな。」蒼太は小さな声でそう呟いた。しかし、その声音も表情も、全くもって嫌そうではない。
そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声のはずが、何故か両隣の目黒もシロも口角を上げて蒼太を見ていた。
鼻に皺を寄せたいつものスタイルで、両隣に威嚇する蒼太を、年下である二人は、可愛らしいものを見るように微笑み、両隣から抱き着いてくる。やめろぉぉ!!とか、かぁわいぃぃ!!!などと、他愛もない声が上がる桟敷を、年長組はのんびりと眺めている。
―ひらり―
じゃれあう三人組の上に、何かが降ってきた。目黒がいち早く気づき、手を伸ばしてつかむ。それは一枚の瓦版。
だが、珍しい色 ―橙― の紙には、通常の瓦版のような騒がしい絵も文字も踊ってはいない。
目「舘様…」 目黒はその紙を、紅十郎に両手を添えて差し出した。
紅「…今宵、桜…」
七人の目が一斉に紅十郎に向いた。桟敷から会話が消える。
紅十郎は瓦版を一瞥し、桟敷の全員の表情を確かめると、何も言わずに瓦版を細かく裂いた。
紙片は桜の花びらに紛れ、春風に乗って舞っていく。
蒼「…もったいねぇ」
風に舞った花びらを視線で追った蒼太が、桟敷に視線を戻し静かに呟いた。
大「そうだな!もったいねぇよな!!」
シ「そうそう!せっかく綺麗な桜が咲いてるんだし!」
み「このままじゃ、おでんも冷めちゃうし。」
再び騒がしくなった桟敷の隅で、お紫乃が黄市の髷へそっと手を伸ばした。
乗っていた桜の花びらを、気付かれぬように摘まみ、そのまま黙って己の口へと運ぶ。
ふと、視線を感じ、お紫乃が横を見ると、呆れたような少し驚いたような紅十郎と目が合った。
お紫乃は人差し指を口元に当て、いたずらっぽく笑う。
黄市は何も知らず、しみじみと酒を飲んでいた。
桜は満開。酒もある。食い物もある。
どうやら今日の花見は、まだまだ長くなりそうだ。
蒼「…まぁ、悪くないんじゃねぇ?」
湯呑に舞い降りた花びらに僅かな笑みを浮かべ、蒼太は酒を飲みほした。
桜は満開、人々はそれぞれに楽しく時を過ごしている。
オオエドのあちらこちらで――輝きながら生きている。
これは、そんな人々の物語。
最後は彼と全員集合。




