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第9話:『親友を誑かす魔女の化けの皮剥ぎ剥ぎ大作戦』


――作戦名は『トロイの木馬』。


いえ、もっとシンプルに『親友を誑かす魔女の化けの皮剥ぎ剥ぎ大作戦』でもいいわ。


「……ふぅ。よし、完璧ね」


私は宿の裏手で、予備のローブを二枚重ねにし、深くフードを被って変装用の大きな丸眼鏡をかけた。さらに魔法で少しだけ声を低く変える。


天才魔術師である私の変装だ。アルテミスのような、筋肉で物事を考えるタイプに私の正体が見抜けるはずがない。


私は意を決して、宿『木漏れ日』の扉を開けた。


カランカラン、と乾いた鐘の音が響く。


「……いらっしゃいませ。宿泊(チェックイン)のご予定ですか?」


カウンターにいたのは、先ほど庭でアルテミスをなで回していたあの女……シエルだった。


間近で見ると、さらにその「無機質さ」が際立っている。感情が動いている気配が全くない。まるで、精巧に作られた最高級のゴーレムのようだ。


「……ええ。一晩お願いするわ。あと、この宿の一番いい料理も持ってきてちょうだい。代金は金貨(これ)でいいかしら?」


私は声を低く抑え、ぶっきらぼうに振る舞った。


シエルは金貨を一瞥し、手際よく記帳を進める。その動作の一つ一つが、計算され尽くしたように無駄がない。


「……承りました。二〇一号室です。……それから」


シエルが不意に、私の顔……フードの奥の瞳をじっと見つめてきた。


心臓が跳ねる。……バレた? 私の魔力偽装を見破ったというの?


「……何よ。文句でもあるの?」


「いえ。お客様の呼吸が、通常時の平均値から一五%ほど早まっています。さらに、顔面の毛細血管が拡張しているようですが……発熱、あるいは情緒的な高揚による『オーバーヒート』の状態とお見受けします」


「……は、はぁっ!? な、何を言ってるのよ、この女……!」


なんなの、この分析。まるで私の体調をスキャンされているみたい。


「当宿の基本理念は『最適化』です。放置すれば、あなたの魔力循環は数時間以内にバグを起こすでしょう。……急ぎ、手入れが必要です」


「手入れ? 何それ、さっきも言ってたけど……怪しい薬でも飲ませるつもり?」


私が杖の柄を握りしめると、シエルは無造作に、カウンターの奥から一本の「棒」を取り出した。


……耳かき? いえ、先端にふわふわの梵天(ぼんてん)がついている。それと、清潔に畳まれた白いタオル。


「当宿では、疲弊したお客様に『安眠・精神安定サービス』を提供しています。具体的には、物理的な接触を通じた調整……つまりは、私の手による『なでなで』です」


「………………ッ、な、なでなでぇ!?」


危うく、茂みの時と同じ声を出しそうになった。


なによ、それ。なんなの、それ! この女、客に対してもアルテミスにやっていたような「いかがわしいこと」を商売にしてるの!?


「女同士で、何を……っ、そんなの、不潔よ! 破廉恥よ! 私は魔術師よ、自分で自分を律することくらい……」


「……あなたは先ほどから、茂みの外でアルテミスの様子を長時間観察していましたね。その際のアドレナリンの分泌による消耗も考慮しています」


「ぶふぉっ!?!?」


バレてた! 全部見られてた! 私が茂みで「尊死」しかけていたのも、顔を真っ赤にして転げ回っていたのも、この女は全部知った上で泳がせていたっていうの!?


「あ、アルテミスとはただの……! そう、視察よ! 昔の同僚が、落ちぶれてないか確認しに来ただけなんだから!」


「理由は何でも構いません。現在、あなたのバイタルは警告域にあります。……さあ、そこにあるカウンター横のソファへ。店主として、お客様の疲労を見過ごすわけにはいきません」


「ちょ、ちょっと、来ないで……あ、あんた、何その手! なんでそんなに滑らかそうなのよ!」


シエルが迷いのない足取りで、私の横に並んだ。


彼女から、微かに洗いたてのシーツのような、清潔で、それでいて甘い香りが漂ってくる。


逃げなきゃ。そう思うのに、彼女の「命令」のような声を聞くと、なんだか体が、魔法の拘束をかけられたみたいに動かない。


「……一〇分だけです。静かにしてください」


シエルの手が、私のフードをそっと外した。


ツインテールが解け、私の髪が剥き出しになる。


そして。先ほど、アルテミスをあんなにも蕩けさせていたあの指が、私の、耳の裏のあたりに、優しく触れた。


「……あ、……ぁ…………っ」


脳が、一瞬で真っ白になった。


なんだ、これ。魔力回路が、強引に書き換えられるような感覚。


戦場で、ずっと張り詰めていた神経が、彼女の指が触れる場所から、じゅわっ、と溶かされていくような感覚。


「……思考を停止してください。お客様。……あなたは、頑張りすぎました」


「……あ……う……、し、しえる……」


私は、気づけば自分でも驚くような、甘ったるい声を漏らしていた。


アルテミスを笑えない。


この女の指、魔力とか関係なく、……反則よ。


私は、抵抗する力も忘れて、ずるずるとシエルの肩に頭を預けてしまった。


悔しいけれど。この女の「なでなで」は、……恐ろしいほどに、心地よかった。



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