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第40話:『反省会』。

宿『木漏れ日』の裏口から、一人の男が放り出された。


かつて王都で浮名を流し、その一言でレストランの命運を左右した美食家、ガストル伯爵の成れの果てだ。豪奢な毛皮は剥ぎ取られ(備品への損害補填として没収済み)、残されたのは薄汚れた肌着と、空っぽになった財布だけ。


「……あ、……あぁ……。私の、私の名誉が、財産が……」


石畳に這いつくばるガストルの背中に、冷ややかな、けれど最高に愉悦に満ちた影が落ちる。


赤い髪を夕日に輝かせ、エルゼが彼を見下ろしていた。その手には、伯爵が先ほどまで後生大事に抱えていた「貴族の身分証」が、ゴミのように握られている。


「……ねぇ。お財布、空っぽになっちゃった?♡ あれだけ威勢よく『買い取ってやる』なんて言ってたのに、自分の身包み剥がされちゃうなんて。……みじめ~♡」


「……ひ、……ひぃぃっ! 返してくれ! それがないと、私は……!」


「……いいえ。これは『不敬罪の証拠品』として、私が没収するわ。あんたには、もう何も残ってないのよ。名前も、地位も、そして、あの至高のリゾットの味以外、何も感じられない壊れた舌もね。……ざぁこ♡」


エルゼが指先を弾くと、身分証は紅蓮の炎に包まれ、一瞬で灰へと変わった。


ガストルの瞳から、最後の希望の光が消える。彼はもはや、この宿の料理以上のものをこの世界のどこに見出すこともできず、ただ虚空を掴むようにして街の闇へと消えていった。


「……ふん。ゴミ掃除、完了ね。シエル、今の見てた? あたしの『お見送り』、満点でしょ?♡」


エルゼが私の方を振り返った。私は事務的に売上金の集計を終える。


「……お疲れ様です、エルゼさん。伯爵からの回収資産、および社会的制裁の完遂。期待以上のリターンです。……さて、本日の営業はこれにて終了。各員、反省会の時間です」


宿の食堂に集まった面々は、心地よい疲労感と、それ以上の熱気に包まれていた。


テーブルには、本日の爆発的な売上を示す金貨の山。そして、私が用意した従業員用の「特別まかない」が並んでいる。


「……むふーっ!! やったのじゃ! 今日のチップだけで、魔界の小国一つ買えるほどの額なのじゃ! ……シエル、妾の給仕がどれほど完璧だったか、今すぐ褒め称えるがよい!」


ミアが鼻の穴を膨らませてマウントを取る。


「……いやいや。フロントの処理件数から言えば、私の魔法演算の方が貢献度は高いわ。ねぇ、シエル。今日、私、一度もミスしなかったよ? ……ご褒美、期待してもいいかな?」


ルナが私の袖を掴み、潤んだ瞳で見上げる。


「……警備面でも、不逞な輩を十数名、物理的に排除した。シエル、宿の安全は、私が守り抜いた」


アルテミスまでが、凛とした表情の中に「なでなで待ち」のオーラを隠しきれずにいた。だが、その輪の中心に、エルゼが「割り込み」をかける。


「……ちょっと、あんたたち、図々しいわよ。今日のMVPは、間違いなく……このあたしでしょ?♡ シエルも、さっき『期待以上』って言ったわよね? 約束の、『最高のご褒美』。……今夜は、あたし一人占めなんだから!」


エルゼが他の三人を煽り散らかす。その瞬間、食堂の温度が急上昇した。


「……なっ……!? あの赤毛、抜け駆けするつもりなのじゃか!? 不敬! 龍族のくせに不敬極まりないのじゃ!」


「……そうよ。エルゼだけなんて、不公平だわ。シエル、私たちも、一緒に『メンテナンス』される権利があるはずよ!」


「ああ。私も、今夜は譲るつもりはない」


乙女たちの視線が、中心に立つ私へと集中する。


(……ふむ。……従業員のモチベーション管理(士気向上)において、『不公平感』の発生は組織崩壊のトリガーとなります。ですが、エルゼさんへの特別報酬もまた、契約上の義務。……ならば)


私は無機質な声で宣告した。


「全従業員に通達します。本日の圧倒的成果を鑑み、今夜は『合同メンテナンス・スペシャル』を実施します。場所は、浴場。私の魔力伝導指先による、全方位・無差別コンディショニングを行います。……準備はよろしいですか?」


「「「「…………っ!!」」」」


全員が絶句し、その後に続く光景を想像して顔を林檎のように真っ赤に染めた。


私の指先がもたらす、細胞の一つ一つを強制的に「わからせる」ような悦楽のメンテナンス。


それを、全員に。


「……な、……なによ……。……全員だなんて……、……はずかしいわよ……っ♡ ……でも、……いいわよ。……あたしの『格の違い』を、……あんたたちに見せつけてあげるわ。……シエル、……一番最初は、……あたしからなんだからね!♡」


エルゼが照れ隠しに煽りながらも、その足取りは既に浴場へと向かっていた。


宿『木漏れ日』の夜は更けていく。


窓の外には平和な夜景が広がり、宿の中からは、時折「……あ、……シエル……そこは……っ♡」「……不敬なのじゃ、……声が出る……っ!」といった、世間には決して聞かせられない艶やかな「反省会」の響きが漏れ聞こえていた。


勇者を屠り、美食家を堕とし。


最強の布陣を手に入れた宿屋の主、シエル。


彼女の「宿屋経営」は、まだ始まったばかりである。



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