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第35話:僕たちは最強の『勇者・パーティ』!

ふわりと鼻をくすぐる、甘い百合のような香りで目が覚めた。


視界を埋め尽くすのは、清潔なシーツの白と、そこへ乱れるように散らされた銀色の髪。僕の胸板に顔を埋めるようにして眠っているのは、聖女イリスだ。


「……すぅ、……カイル様……、ずっと、……離さないで……」


寝言ですら僕を求めてくる彼女の寝顔は、まさに天使そのもの。


だが、重いのは彼女だけじゃない。右腕には魔術師セリスが細い指を絡ませ、左腕は重騎士フレイアの豊かな双丘に挟み込まれている。


さらに足元の方では、斥候のシルフが僕の体温を求めるように丸まっていた。


(やれやれ、また僕に群がってきちゃったな。僕って別に、特別なことなんて何もしてないのに……。ただ普通に優しく接してるだけなんだけど、なんでこんなに女の子にモテちゃうんだろう? まったく、僕って罪な男だよ)


僕は内心で深い溜息を吐いた。


正直、重いし腕は痺れているけれど、彼女たちの必死な顔を見ていると無下に振り払うこともできない。


だって僕は、世界を救うべき「勇者」なんだから。


「朝だよ、みんな。……そんなに僕に抱きついたままじゃ、起き上がれないだろ?」


僕が優しく声をかけると、ヒロインたちの睫毛が震え、その瞳に「僕だけ」が映り込む。


「……あ、カイル様……。おはようございます。……もう少しだけ、こうしていてもいいですか? あなたの心音を聞いていないと、不安で壊れてしまいそうなんです……」


イリスが潤んだ瞳で僕を見上げる。


彼女の愛は、王都を離れてから日に日に重くなっている気がするけれど、それも僕が彼女にとっての「光」だからだろう。ルミナもフレイアも、僕の体にさらに強くしがみつき、僕の所有権を主張するように睨み合っている。


(困っちゃうな。こんなに皆に頼られちゃって……。僕一人じゃどうにもならないよ。誰か助けてくれないかな。……なんてね)


もちろん、冗談だ。


僕には神から与えられた最強の権能、【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】がある。


朝食の席に移動しても、世界の「僕への優しさ」は止まらない。


イリスが作った何の変哲もないスープを一口飲むだけで、脳内に甘美な情報が流れてくる。


「あれ? イリス。今日のスープ、いつもより美味しい気がするな。素材の旨みが完璧に引き出されているというか……」


「……本当ですか!? カイル様のために、一生懸命作ったんです!」


喜ぶ彼女を見ながら、僕は内心でニヤリと笑う。


たぶん、僕の【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】が、無意識のうちにイリスの料理スキルに干渉して、強制的に品質を底上げしたんだろう。


僕がそばにいるだけで、世界は僕にとって都合よく書き換えられる。


……そう、世界は僕を中心に回っている。


ふと、数ヶ月前のことを思い出す。


僕のパーティには、かつてアルテミスとルナという女がいた。


(思い出すだけでも不愉快だよ。あの二人は僕の幼馴染だったけど、パーティを組んだ初日、二人だけで楽しそうに話しちゃってさ。僕が勇者として君臨してるのに、僕に見向きもしなかったんだ)


特にアルテミス。


あの凛とした騎士面(きしヅラ)をして、僕の指示を「効率が悪い」だの「危なっかしい」だの、いちいち否定してきた。


(生意気なんだよ。本当は僕のベッドの脇で、裸のアルテミスとルナが跪いて、さらにその上に裸の聖女が僕に馬乗りになるような、そんな最高の奉仕をされる光景を妄想してたのに。あいつらときたら、最後まで僕を『対等な仲間』だと思い込んでやがった)


だから僕は、あの時わざと采配を狂わせた。


防衛の要だったアルテミス一人に、パーティ全員の防衛と聖女の保護を丸投げして押し付けた。無理難題に決まってる。


当然、彼女は防衛を失敗し、聖女が少しだけ怪我をした。


それを「君のせいでイリスが危なかった」と責め立てて、パーティから追放してやったんだ。


あの時のアルテミスの絶望した顔といったら!


最高だったね。


僕に従わない女なんて、野垂れ死ねばいいんだ。


王都の宿を出て移動を開始しても、僕の【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】は絶好調だ。


森を歩けば魔物は勝手に岩に躓いて自滅するし、毒の罠はなぜか不発に終わる。


「あれ? また魔物が勝手に倒れちゃったね。やれやれ、僕の幸運がみんなを守っちゃったみたいだ。……セリス、最近君の魔法、射程が伸びたんじゃない? 僕の魔力が、無意識に君に還元されてるのかもね」


「……はい! カイル様と一緒にいると、力が湧いてくるんです。私はカイル様がいなければ、魔法も使えないただの人形です……」


セリスが頬を赤らめて答える。


彼女は気づいていない。


僕が裏で【経験値・スキル掠奪レベル・ドレイン】を働かせて、彼女たちの経験値や成長の成果を吸い上げ、その一部だけを「慈悲」として還元していることに。


彼女たちは、僕から力を与えられていると錯覚し、僕なしでは生きられない体質へと作り替えられている。


まさに、僕だけのヤンデレ・ハーレムだ。


(アルテミスとルナも、今頃は僕がいない絶望に打ちひしがれて、泥水を啜って生きてるんだろうな。もし見つけたら、僕の足元に跪かせて、泣いて謝らせてあげよう。僕は優しいからね。……やれやれ、本当に勇者って仕事は、責任が重くて困っちゃうな)


僕は鼻の下を伸ばしそうになるのを必死に堪え、なよなよとした「やれやれ顔」を作りながら、街へと続く道を歩いていった。


その街に、僕がかつて「捨てた」所有物たちが、別の男に笑顔を向けているなんてことも知らずに。



 ◆



街の門を潜った瞬間、熱狂的な歓声が僕の鼓膜を震わせた。


王都から少し離れたこの街でも、僕――勇者カイルの知名度は絶大らしい。


「見て! 勇者様よ! 聖剣の勇者様が来てくれたわ!」


「ああ、なんて神々しい……。カイル様、どうか私たちをお導きください!」


群衆が押し寄せ、僕を一目見ようと競い合っている。


僕はいつものように、なよなよとした、どこか困ったような「やれやれ顔」を作り、右手を軽く振って応えた。


(やれやれ。僕がただ歩いているだけで、街の人たちがこんなに幸せそうな顔をするなんて。僕の【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】から漏れ出す慈愛の波動が、無意識に人々を癒やしちゃってるのかな? 罪な男だよね、本当に)


「みんな、そんなに押さないで。怪我をしたら大変だ。……僕はただの、世界を守りたいだけの若者に過ぎないんだから」


僕が謙虚に微笑むと、隣にいた聖女イリスが、僕の腕をぎゅっと抱きしめ、周囲の女たちを牽制するように目を細めた。


「カイル様は本当にお優しい……。ですが皆様、カイル様は大変お疲れなのです。あまり近づかないでいただけますか?」


イリスの笑顔は完璧だったが、その奥にある瞳は少しも笑っていない。


僕に群がる女たちを、まるで汚物でも見るかのような冷たい光が宿っている。


ヤンデレ気味な彼女の愛は、僕にとって最高のスパイスだ。


「……ねぇ、カイル様。この街に、例の二人がいるという噂は本当なのでしょうか?」


魔術師セリスが、僕の耳元で囁く。


例の二人。僕のパーティから追放した、アルテミスとルナのことだ。


(ああ、そうだった。この街に寄ったのは、単なる補給のためじゃない。僕が捨ててあげたあの二人が、この辺りの宿屋で『荷物持ち』か何かをして落ちぶれているという報告をギルドから受けたからだ)


僕は内心で、冷酷な期待に胸を躍らせていた。


僕をないがしろにし、二人だけで楽しそうにしていたあの傲慢な女騎士と、生意気な魔術師。


僕という「太陽」を失った彼女たちが、どれほど惨めで、どれほど絶望的な日々を送っているか。


それをこの目で確かめ、縋り付いてきたところを「やれやれ、仕方ないなぁ」と保護して、今度こそ僕の完璧な「裸の犬」にしてやるんだ。


(本当は、あの追放した日。泣いて縋ってきた彼女たちの服を剥ぎ取って、僕の足元で這いつくばらせる予定だったんだけど。アルテミスを捨て置いた場所に戻っても姿形がなかったし、ルナも姿を消していたからね。……まあ、楽しみは取っておくものだ。今度こそ、僕のベッドの横で裸で跪かせてやるよ)


「そうだね、セリス。きっと彼女たちは、僕がいなくて今頃泣いているはずだ。……優しい僕としては、少し様子を見てあげなきゃね。……あ、ほら。イリス、そんなに怖い顔をしないで。僕にとっては、君たちが一番なんだから」


「……はい、カイル様……。信じています。カイル様を裏切るような女は、私がこの手で『浄化』して差し上げますから……」


イリスの重すぎる愛の言葉を聞き流しながら、僕は意気揚々と街の大通りを進んでいった。


街のギルド長や有力者たちが、僕を接待しようと揉み手で近づいてくるが、僕はそれを「今はプライベートなんだ」と爽やかに断る。


そして。


噴水広場の近くで、一際活気のある食材市場を通りかかった時のことだ。


「――っ!?」


僕の【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】が、何らかの「違和感」を察知した。


視線の先。


人混みの中で、高級そうな食材や寝具を抱え、穏やかな笑顔で歩いている女の三人組がいた。


一人は、僕がよく知る女騎士。


かつての、僕が話しかけると常に眉間に皺を寄せていたアルテミスではない。


その表情は驚くほど柔らかく、まるで初恋でもしている少女のように、隣を歩く女を見つめている。


もう一人は、ルナだ。


彼女もまた、僕のパーティにいた頃の暗い顔はどこへやら、楽しそうに女の袖を掴んで歩いている。


「…………誰だ、あの女は」


二人の中心にいるのは、どこか冷徹そうな、けれど整ったモブ顔の女だった。


特別な魔力も、勇者のような覇気も感じられない。僕の『ギフト』ですら「取るに足らない一般人」と判定するような、ただの宿屋のモブ店主か何か。


(なんだ……? あの幸せそうな顔は。あいつらは、僕に捨てられて、路頭に迷って、絶望していなきゃいけないはずなのに。……なんで、あんなゴミみたいな女の隣で、僕には一度も見せなかったような顔で笑っているんだ!?)


腹の底から、どろりとした黒い嫉妬と怒りが沸き上がってきた。


僕の所有物が、僕の許可なく幸せになるなんて、絶対に許されない。


「カイル様? どうされたのですか、急に立ち止まって……」


イリスの声が聞こえたが、僕はそれを無視して、彼女たちの方へと歩み寄った。


いつもの「なよなよした勇者」の仮面を被り直し、最高に爽やかで、かつ残酷な「マウント」を取るために。


「おや? ……そこにいるのは、アルテミスとルナじゃないか! 懐かしいなぁ!」


僕が声をかけると、彼女たちの足が止まった。


振り向いた瞬間の、彼女たちの驚愕の表情。それを見られるだけで、僕の心は少しだけ満たされる。


「久しぶりだね。君たち、僕に捨てられた後、どうしてたんだい? ……もしかして、あまりの寂しさに、僕の面影を追ってこんな街まで来ちゃったのかな? ……あはは、人気者は辛いね!」


僕は、彼女たちの隣にいる「ゴミ」のようなモブ女を無視して、二人に手を差し伸べた。


さあ、泣いて謝れ。今すぐそのモブ女を捨てて、僕の靴を舐めて「戻らせてください」と懇願しろ。


だが。


アルテミスとルナが浮かべた表情は、僕の予想とは全く異なるものだった。


それは、「恐怖」でも「懇願」でもない。


ゴミ箱に捨てた生ゴミを、偶然道端で見つけてしまった時のような……。


心底からの、「不快感」と「困惑」に満ちたものだった。


「……えっと、……誰、だっけ? この、なよなよした人」


ルナが、隣のモブ女に向かって、本気で思い出せないような顔で首を傾げた。


その言葉が、僕の脳内にある「勇者としての自尊心」を、粉々に粉砕した。


ルナが放ったその一言は、僕の脳内にある「勇者としての特権意識」を真っ向から踏みにじるものだ。


ありえない。


世界で一番愛されるはずの僕の名前を、あろうことか僕の元パーティメンバーが忘れるなんて。


「あはは……。ルナ、冗談が過ぎるよ。僕だよ、カイルだよ。君たちを導き、君たちを救ってあげた、聖剣の勇者カイルだ。……ほら、あまりの衝撃で記憶が混乱してるんだね? やれやれ、僕の輝きが眩しすぎたかな」


僕は頬を引き攣らせながらも、なよなよした「やれやれ顔」を維持しようと必死だった。


だが、隣に立つモブ女が、事務的に手帳を捲りながら口を開いた。


「……アルテミス様、ルナ様。……照合が完了しました。……かつてお二人が所属していたパーティのリーダー、勇者カイル氏ですね。……マネジメント能力の欠如により、優秀な人材を流出させた、いわゆる『無能上司』の典型例として記録にあります」


「……あ、そうだったな。シエルに言われて思い出した。……カイル、あなただったか。あまりに存在感が希薄だったから、記憶のゴミ箱に放り込んでいた。すまない」


アルテミスが、かつて僕には絶対に見せなかった「微笑み」を浮かべた。


なんだ、その目は。


その慈愛に満ちた目はなんなんだ。


「おや……? 君、さっきから黙って聞いていれば、随分な言い草だね。……アルテミス、ルナ。さあ、そんな荷物持ちは放っておいて、僕のところにおいで。僕のベッドは、今朝も賑やかだったんだ。君たちが戻れば、さらに楽しくなるよ?」


「……お断りする。……そして、感謝しているんだ、カイル」


アルテミスが、一歩前に出た。


その表情は、僕が妄想していた「後悔に濡れた顔」などではなかった。


「貴方が無能な采配で私を追放してくれたおかげで、私はシエルという最高の主君に出会えた。……貴方の身勝手な独占欲に振り回されることもなく、私は今、自分の剣を『守るべきもの』のために振るえている。……これほど満たされたことは、一度もなかった。……本当に、『あの場所に』捨ててくれてありがとう」


「……私もよ。あんたがいなくなって、ようやく自分の魔力を、誰かに吸い取られる感覚なしに、魔法を使えるようになった。……今の私は、あの頃よりずっと強いわよ?」


ドクン、と心臓が跳ねた。


怒り。屈辱。そして、自分の隠していた秘密――【経験値・スキル掠奪レベル・ドレイン】の存在を、あたかも理解しているかのようなルナの言葉に、僕の化けの皮がバリバリと音を立てて剥がれ落ちた。


(……は? 感謝? 幸せ? 僕がいなくて幸せだって……!? そんなはずない! 僕の【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】が効いてたはずだ! あいつらは、僕がいないと魔力も剣技も衰えて、惨めに死ぬはずだったんだ! なんで……なんで僕の所有物が、僕より幸せそうに笑ってるんだよぉぉぉぉ!!)


「…………ふ、……ふふふ。……あははははは!!」


僕は、なよなよした笑顔を捨てた。


顔を歪ませ、剥き出しの殺意と独占欲を瞳に宿して、二人を睨みつける。


「……笑わせるなよ。君たちは僕の道具だ。僕を輝かせるための、踏み台なんだよ! ……生意気なんだよ! あの時、僕に見向きもしなかった罰を、まだ受けてないだろ! 戻れよ……戻れって言ってるんだ!! 今すぐそこで裸になって、僕に許しを乞え!!」


「……勇者カイル。……当宿の従業員に対する不当なセクハラ、および精神的負荷。……これは規約に著しく抵触します。……法的措置、および物理的な排除を開始します」


シエルが冷徹に告げた。


その瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れた。


「……うるさいんだよ、ゴミ屑がぁ! イリス! セリス! フレイア! シルフ! ……こいつらを殺せ! 僕を不快にさせた罪を、その命で償わせるんだ!!」


僕が叫ぶと、背後にいたヤンデレヒロインたちが、一斉に殺気を放った。


「カイル様を怒らせるなんて……。死を以て、浄化されるべきですね」


「あなたの魔力、全部私が焼き尽くしてあげます……」


聖女のバフ、魔術師の極大魔法、騎士の突撃。


王都の精鋭5人が、アルテミスとルナ、そしてシエルへと襲い掛かる。


「ルナ、私の背後を! シエルは絶対に守り通す!」


「わかってるわ! ……『金剛の結界』!!」


アルテミスが盾を構え、ルナが多重結界を張る。


だが、僕には【天賦の全能ギフト・オブ・ゴッド】がある。


「無駄だよ! ……【事象改変パラダイム・シフト】! ……君たちの防御は、今この瞬間、『存在しない』ことになった!!」


パリン、とルナの結界が、理不尽なスキルによって砕け散る。


アルテミスの盾も、勇者パーティの波状攻撃に悲鳴を上げ、亀裂が入っていく。


「ははは! 見ろよ、アルテミス! 結局君たちは、僕の足元で這いつくばる運命なんだよ! ……さあ、そのモブ女がバラバラにされるのを、特等席で見せてあげるよ!!」


絶望が広場を支配しようとした、その時だった。


突如。


僕が展開していた、絶対無敵のはずの【無限の聖域エターナル・ヘヴン】が。


背後から、まるで安物のガラス細工のように、呆気なく「パリン」と粉砕された。


「……えっ?」


立ち込める土煙。


その中から、髪を気怠げになびかせ、退屈そうに耳をほじりながら歩み寄る、一人の少女が現れた。


彼女が歩くたびに、地面が。空気が。世界の法則そのものが、恐怖に震えているのがわかる。


僕のパーティメンバーである精鋭たちが、その圧倒的な『格』の違いに、武器を取り落としてガタガタと震え出した。


少女は、僕たちをゴミのように蹴散らすと、腰を抜かして座り込む僕の目の前まで歩み寄り……。


至近距離から、僕の耳元で。蜂蜜のように甘く、そして氷のように冷たい声で、一言だけ囁いた。



「――超みっじめ~♡」



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